ダヤ横丁を徘徊《はいかい》した。
「オヤッ――」
 私は駭《おどろ》きを思わず声に出した。辻永が急に活発に歩きだしたのだ。どうやら何か又新しい手懸《てがか》りを掴《つか》んだものらしい。
 その辻永が再びゆっくりした歩調に返ったのは、ユダヤ横丁をとおり抜けた先に沢山《たくさん》に押並んだ小さい二階家《にかいや》の前通りだった。歩いてゆくと、とある家の薄暗い軒下に一人の女が立っていた。まるまると肥った色の白そうな女だった。年の頃は十八か九であろう。透きとおるような薄物《うすもの》のワンピースで。――向うではこっちを急に見つけた様子をして、ものなれたウィンクを送った。
「上ろう。いいか」
 辻永は私の耳許《みみもと》に早口で囁《ささや》いた。しかし私は辻永のような実践的度胸《じっせんてきどきょう》に欠けていた。
「やめちゃいけないか」
「じゃ斯《こ》うしろ」辻永はやや声を震《ふる》わせて云った。
「バー・カナリヤで待っていろ」
 バー・カナリヤは銀座裏にある小さい酒場だった。私たちが友情をもつようになる前から二人は別々に客だったのだ。随《したが》って銀座方面へ出るたびに、二人は手に手をとっ
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