眼を輝かせた。「おれ様の探偵眼《たんていがん》の鋭さについて君は駭《おどろ》かないのか。いいかネ。その妖酒を飲んで例のバーを出るとフラフラと歩き出すころ一時に効目《ききめ》が現れてくるのだ。まず第一に尿意《にょうい》を催《もよお》す。第二に怪しい興奮にどうにもしきれなくなる。ところでそのバーを出てから尿意を催すと、どこかで始末をつけねばならぬが、適当なところがない。どこかで――と考えると、頭に浮かんでくるのは、その直《す》ぐ先の川っぷちだ。その川っぷちへ行って用を足す。ところがその辺に桜《さくら》ン坊《ぼう》という例のストリート・ガールが網を張っているのだ。これはカフェ崩《くず》れの青年たちを目当てのガールなのだが、たまたまバー・カナリヤから出て来た彼《か》の妖酒に酔いしれたお客さんだとて差閊《さしつか》えない。客の方では差閊えないどころかもう半分気が変になっている。だから桜ン坊の捕虜《ほりょ》になって、円タクを拾うと、例の女の家の方面へ飛ぶのだ。そのうちに、又々妖しの酒の反応が現れて、こんどは全身がかゆくなる。かゆくて苦しみ出すころ、自動車は彼女の家の近くに来ている。隠れ家をくらますために家の近所で降りて、あとはお歩《ひろ》いだ。しかし何分にもかゆくて藻掻《もが》きだす。そこであの近所にある一軒の薬屋を叩き起して、かゆみ止めの薬を売って貰う。――どうだ、この先はどこへ続いていると思う」
「いや、それはあまりに独断《どくだん》すぎる筋道《すじみち》だと思う」私は最初のうちは彼の鋭い探偵眼に酔わされていたような気持だったが、話を訊《き》いているうちに、なんだかあまりにうまく組立てられているところが気になった。
「独想ではない、厳然《げんぜん》たる事実なのだ、いいか」と辻永は圧迫《あっぱく》するような口調で云った。「そのかゆみ止めの薬が又大変な薬で、かゆみを止めはするけれど、例の妖酒に対して副作用を生じるのだ。その結果夜中になって、その男を桜《さくら》ン坊《ぼう》の寝床から脱け出させる。現《うつつ》とも幻《まぼろし》ともなく彼は服を着て、家の外にとび出すのだ。一寸《ちょっと》夢遊病者《むゆうびょうしゃ》のようになる」
「まさか――」
「事実なんだから仕方がない。その擬似《ぎじ》夢遊病者はフラフラとさまよい出《い》でて、必ず例のユダヤ横丁に迷いこむ」
「それは偶然だろう」
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