さしだしたのである。
「検事さん、この鼠を頂いて、持出してもようございますかね。裁判医の古堀先生が、この鼠にもう一度ゆっくり逢いたいといって居られるもんですから、先生の方へお届けしたいと思います」
 濡れている鼠の死骸の尻尾からぽたぽたと水が垂れている。
「いいです、いいです、早くそちらへ片づけて……」
 検事は身体をうしろへそらせ、手まねで早くむこうへやれと促した。傍にいた警部は指で自分の鼻孔をおさえた。帆村はいんぎん[#「いんぎん」に傍点]に一礼をして、鼠の死骸を指先に吊り下げたままゆっくりと戸口の方へ歩いていった。
 鼠の死骸が割込んだために検事と警部との間にあった鋭いものが解け去った。両人は互いに顔を見合わせて、苦が笑いをした。そして家政婦の訊問が再び進められたのだった。

   奇妙な錠前

「昨夜の九時五分に、君は主人の居間へ夜食を持って行った、と君はいった。それから今朝になって主人の死が発見されるまで、君はどうしていたか」
 長谷戸検事の訊問が、家政婦小林トメに再び向けられた。
「はい」
 小林トメは返事をしただけで、下を向いて後を続けない。
「どうしたんだ、昨夜の九時五
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