にそれをやめた。
 机上におかれた例の紙片がつまみあげられた。その紙片は灰皿の上へ持って行かれた。その下に、ライターの焔が近づけられた。紙片はぱっと赤い焔と化した。そしてきな臭い匂いを残して黒い灰となり、灰皿の中に寝て、すこしくすぶった。

   恐ろしい嫌疑

 探偵帆村荘六を、朝っぱらから引張り出した事件というのは、一体どうしたものであったか?
 帆村の友人の一人である新聞記者の土居菊司が、あわただしく電話をかけて来て、帆村にすがりついたその事件というのは、土居記者の肉親の妹が、今朝殺人容疑者としてその筋へ挙げられたことにある。土居はその妹の潔白を信じて、妹にかかった嫌疑が全くの濡衣であることを力説し、帆村の腕によって一刻も早くこの恐ろしい雲を吹き払い、妹を貰い下げられるようにして欲しいというのであった。
 この妹想いの兄と帆村とは、もちろんさして深い友人関係ではなく、仕事の上で三四度知り合ったに過ぎなかったが、こうして頼まれてみると、引受けないわけに行かず、従って、土居との親しさの距離が急に縮まった感じがした。しかし彼はその妹がどんな女であるか知らず、顔を見たこともなかった。
 
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