ねえ。……いや失敬。それは困ったねえ。殺人容疑者としてあげられたとは、ちょっと面倒だね。……もちろん信じるよ、僕は。君の妹さんのことだから、同じように道義にはあついのだろうと……いや皮肉じゃない。よろしい、とにかくそっちへ行こう。十五分とはかかるまい。見附の東側の公衆電話のところだね。じゃあ後はお目にかかって……」
 受話器をがちゃりとかけて、帆村はノートした紙片を取上げた。彼は突立ったまま、しばらくその紙の上を眺めていた。そこには鉛筆のいたずら書としか見えない三角形や楕円や串にさした団子のような形や、それらをつなぐもつれた針金のような鉛筆の跡が走りまわっていた。それは帆村独特の略記号であった。それが解読できるのは、帆村自身の外には、彼の助手の八雲|千鳥《ちどり》だけだった。
 彼は、ものに憑かれたように、五分間というものはその紙面に釘づけになっていた。その揚句に、彼はその紙片を机のまん中にそっと置いた。それから彼の手が忙しくポケットをさぐって、紙巻煙草とライターを取出した。ライターをかちりといわせて、焔を煙草の先に近づけた。ふうっと紫煙が横に伸びる。彼はライターの焔を消そうとして、急
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