」
「それにゼムリヤ号を山頂にまで吹飛ばした巨大なる力はもちろん原子核エネルギーを活用すれば得られますが、しかし原子核エネルギーは今のところ爆弾の形においてしか存在しません。で、原子爆弾を使ったとすればゼムリヤ号の船体はヘルナー山まで飛ぶことは飛ぶが、あのように船体が中程度の損傷で停っている事はないと思うのです。つまり原子爆弾の力によるものならば、吹飛ぶ前にゼムリヤ号の船体はばらばらに解体していなければならんと思うのです」
「それは卓見だ。どうぞ、もっと君の意見を聞かせてもらいたいものだ」
博士は、水戸の説に傾聴を惜しまなかった。が、当の水戸は、そこで極《きま》りが悪そうに、微笑して、
「……たったそれだけの事なんです。お恥かしい次第ですが……。で、とにかく大西洋をよく調査すれば何等かの新しい手懸りが得られるんではないか、といったわけです」
と水戸が新聞記者らしい率直さでぶちまければ、博士は真面目な顔で頷《うなず》く。
「それで先生の御見込はどうなんですか」
と水戸が訊《き》く側へ変った。
「そのことだがね」と博士はいって、パイプに新しい葉をつめ、ライターで火を移したのち「これはまだこの事件に関係があるかどうか分らないが、僕が某観測所から得た報告によれば、最近大西洋の海底に小地震が頻々《ひんぴん》と発生しているのだ。それがね、従来の地震に見られる原則に対し、どういうわけか一致しない地震なんだ。何というか、異常地震というか、新型地震というか、とにかく変った海底地震なんだ」
「ははあ」
三人の聴手は傾聴している。
「そしてね、最も興味あることは、異常地震が始めて記録されたのが、例のゼムリヤ号事件の起った日に極く近いのだ」
「それは面白い、どっちが早かったのですか、同じ日じゃなかったんですか」
水戸は昂奮して、思わず途中で口を挟んだ。
「同じ日ではなかった。異常海底地震の方が五時間ほど前に記録されているんだ」
「五時間前! すると前日の十九時から二十時の間ですね」
「そうだ。詳しい時刻は十九時三十五分と記録されている」
「五時間も喰い違いがあると合わないなあ」
水戸は呟いた。
「何が合わないって、水戸君」
ホーテンスが傍から訊ねた。
「いや。つまりその異常海底地震を起したものによってゼムリヤ号が吹飛ばされたと仮定すると、この時刻がきちんと合わなければならないという話さ。いま先生に伺えば、時刻が違っているんだから、これは成立たないと分った……で先生は、それでどうお考えになったのですか」
博士は何事かの考えに注意を奪われていた様であったがこの時、われに返り、
「おお、そのこと。その異常海底地震を、この船で詳細に調べて見たいと決心したんだ。さて海底に何事が起りつつあるか、何物が存在しているか甚だ興味のあることだ」
と、博士は火の消えたパイプを強く吸った。
警告の手紙
サンキス号は、アイスランドを後にして、一路南下していった。航海は快適だった。翌朝になると、もう既に気温が五度ばかりあがっていた。海水も大西洋らしい青味を帯びた色に変った。
ドレゴと水戸は、船の手摺《てすり》にもたれて、矢のように北へ逃げて行く海波の縞に見惚れていた。
「どうしているかなあ、ヘルナー山の上の記者たちは……」
望郷の念に駆られたらしい、ドレゴがこんなことをいった。
「もう火災も消えたから船の中へ入って、さかんに瓦斯焔《ガスえん》切断機で鉄壁を切開いていることだろう。そして何かを発見するつもりだろう」
「ふふむ。いい手懸りの品物が見つかるだろうか」
ドレゴは、こっちへ来て失敗したかな、ヘルナー山頂にいた方がよかったかなと、ちょっと動揺した。
「なんの、大したものは有りはしないよ。結局において彼等もまたこの大西洋へ後から追駆けてくることになるのさ」
水戸は、そのことに信念を持っているようだった。
「なぜ、そう思うんだね」
ドレゴは、まだ思い切れないらしい。
「だってね、そもそもゼムリヤ号はあの事件の被害者なんだから、船内を探してみても何にも有りはしないよ。参考になるのは、被害程度だけだ、それなら、われわれが外から見た結果と大した変りはない筈」
「ふうん。だが、原子爆弾の破片でも船内に残ってはいないかな、放射線をすごく出すやつがね」
「呆れたね、君は。ドレゴ記者は、まだ原子爆弾説を堅持しているのかね」
「そんな大きな眼をして僕を見詰めるなよ」
とドレゴは恥かしそうに笑い、
「実をいうとね、僕は君の説である所の原子爆弾反対説になるべく同意したいと努力していたんだがね、ところがだ、この船に乗る直前、うちの爺やのガロが、僕のところへサンドウィッチの包といっしょに一通の手紙を持って来たんだ」
「ほう。それで……」
「その手紙の文句というのが、こうなんだ、――君は君の寝室へ飛込んだゼ号の手斧に放射能物質が付着しているかどうか確かめたことがあるだろうか、もし君がそうした注意を怠らなかったとしたら、君は今日サンキス号の客になりはしなかったろう、君の崇拝者より――というのだ」
「へえ、そいつは愕いたね」
水戸はドレゴの顔を改めて見直した、この友は、このことをなぜ二日間も黙っていたのだろう。
「で君はどう思う」
「そういわれりゃ僕も手落があったよ」
と水戸は手斧に放射能物質が付着しているかどうかを調べようとはしなかった点に手落のあったことを認めた。
「だがね、いつもいうことだが、そんなことは本事件の中の末梢部分なんだ、どっちでもよい、いや僕は恐らく手斧に放射能物質は付着していないと思う、それよりも問題として捨てておけないのは、その手紙を寄越した『君の崇拝者より』というやつだが、一体誰だね、君の崇拝者というのは」
「さあ、さっぱり見当がつかないよ。全文タイプでうってあるしね」
「その手紙、持っているかい」
「うん、ここにある」
ドレゴは、ポケットから皺くちゃになった封筒を引張りだして、水戸に見せた。
水戸は、それを拡げて見ていたが、やがてにやりと笑って、それをドレゴに返した。
「この手紙を書いたのは女だよ」
「へえ、女か、どうしてそれが分る」
「とにかく女だと分る。しかしこの警告は、果してこの女から出たか、それとも他に糸を引張っている者があるかどっちか分らない。それはそれとして、われわれは今まで少し呑気《のんき》すぎたよ。これからはもっと注意を深くせにゃならない」
水戸は、そう言ってドレゴに警告した。
「おお君たち、わが艦隊の勢揃いを見て愕いたですか」
背後から声をかけられて、ホーテンス記者がやって来たのだと気がついた。
「わが艦隊?」
ドレゴが目を丸くした。
「ああ、あれだ。駆逐艦らしきものが三隻、こっちに潜水艦が二隻……」
水戸は数えた。
「そのとおり。われわれはこの調査の遂行に万全を期している。用意は周到である。しかし君たちは、あまり大袈裟《おおげさ》だと笑うだろう」
ホーテンスがそういった。ドレゴと水戸とは共に頭を左右に振った。
「もう調査は始まっているの」
ドレゴが訊いた。
「観測はもう始まっている」
「何か手懸りになるようなものが出ましたか」
と、水戸がたずねた。
「いや、まだまだ。異常海底地震帯へ本船が入るのは、今から三時間後だ」
「三時間後。ほう、もうそんなに現場へ近づいているんですか。本船[#「本船」は底本では「本舟」、34−下段−1]はトップ・スピードで走っているんですね」
護衛艦に周囲を守られた調査船サンキス号は、一路問題の地震帯へ急行している。果してその現場にどんなものが待っているだろうか。
遂に時到る
船室の連絡用拡声器から、警報ブザーの音が気味わるく響いた。乗組員たちは、それぞれの胸に、どきんと不安な衝動を感じた。
「あと十五分で本船は問題の異常海底地震帯へ突入する。乗組員全部は、只今から警戒配置につけ」
南下中の掃海船サンキス号は、俄然緊張した。船橋には船長以下の硬い顔が並んで見える。その羅針船橋より一段高い無電室が、調査団の部屋に用意されてあったが、そこには団長ワーナー博士を始め有能なる研究員たちが、めいめいの観測装置にぴたりと寄添って、さてこれから如何なる異常現象が計器の面に現れるかと、軽い身慄《みぶる》いと共にその時を待った。
ドレゴ記者も水戸記者も、ホーテンスと同じようにこの部屋に詰めていた。三人の記者たちはその隅に塑像《そぞう》の如く停止し、ワーナー博士たちの観測を出来るだけ邪魔しまいと控えていた。
「マイナス一分三十秒。……マイナス一分二十秒。……マイナス一分一秒……」
時計係は、自記航海図と時計とを見較べながら、刻々と迫り来る重大時刻について警告を続けた。
誰も余計な口を聞く者はなかった。団長ワーナー博士は胸に下っている小さい送話器を握りしめたまま、微動もしなかった。この送話器は、船橋に通じていて、もし本船の安全を脅《おびやか》すような事件が近づくと看取された暁には、間髪をいれず船長に報告される筈だった。そういう報告が出れば、船長は直ちに乗組員の生命の安全のために応急処置をとるであろう。
「……マイナス十秒……」
ドレゴ記者は緊張のあまり窒息しそうになり、ネクタイをぐいと引張って弛《ゆる》めた。ホーテンスは、右の靴の先で、軽くリノリウムの床を叩いていた。水戸記者は塑像のように硬化している。
「今だッ!」
時計係の声は、咽喉から血が出るような声で叫んだ。
大きな鈍い音が起った。素破《すわ》――と、水戸記者が横を見ると、ドレゴ記者が床にぶっ倒れていた。
「あ、やられた?」
ホーテンスも、それに気がついた。そして二人の記者はドレゴの傍に膝をついた。
ドレゴは知覚がなかった。水戸は烈しい不安に捉われた。彼はドレゴを仰向かせると、オーバーの胸をひろげ、服やチョッキの釦《ボタン》を引《ひ》き千切《ちぎ》るように外した。ワイシャツの下からドレゴの胸毛が見え出したときに、ドレゴは始めて呻り声をあげた。
「おお、気がついた。どうした。何かあったか」
「しっかりしろ、ドレゴ。何か物をいえ」
二人の同僚は、心配と商売意識との両方に駆られ、ドレゴに顔を寄せた。その二人の鼻へ、ぷんぷんとアルコールの匂いが……。
「なあんだ、……」
「水はないか。目が廻ったんだ。咽喉がひりひりする」
「それだけか」
「おお水戸。異常現象らしいものが何か起ったね。どうだ」
「ふうん。冗談じゃないよ。てっきり君がその異常現象に喰われたと思ったんだ」
「莫迦をいえ。僕はそんなものに喰われるような間抜け男じゃない」
「いずれにしてもだ。こういうときはあまりアルコールを呑み過ぎるものじゃない。下手すれば脳溢血で、あの世へ急行だぞ」
「同感だ。水戸に同感」
ホーテンス記者が、とどめを刺すようにいった。
それを以てドレゴの卒倒事件は片付《かたづ》いた。彼は、大きな酔いが廻って来たところで不自然な緊張を我身に強いたのがよくなかったに違いない。さて、ワーナー博士の学者たちは、この間に何を探し当てたか。
「……」
研究員たちは、林の如く静かであった。先刻以来、石のように固くなって微動だにしない様子だ。ドレゴの卒倒事件にさえ誰もが気がついていないと見える。
ドレゴは起上って、隅っこの安楽椅子に自分の身体を投げこんだ。それをホーテンスの眼が抗議するように睨《にら》んだ。
「ホーテンス君。博士たちは何かを掴んだらしいね」
と水戸は、彼の胸を引いた。
「うん。何を掴んだかな」
そういったホーテンスは、つかつかと博士の傍へ歩み寄った。
「博士。何があったのですか、地震はどこに現われていますか」
「叱《し》ッ」
博士は、ホーテンスの方へは振返らないで、自分の唇に人指し指をあてた。
「失礼しました……」
ホーテンスは悪びれず謝罪してから、水戸の方へ手をあげて合図をした。
水戸は肯いて、極度に足音を立てないように注意して、ホーテンスの傍へ寄った。
何事も未だ起っていないようだ。だが、今《いま》正
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