遠に汚れなくあれ、われは今……」
 といいかけて、ドレゴは突然声を停めた。彼の厳《おごそ》かな態度は俄《にわか》に崩れた。彼の目には怪しい光があった。そして狼狽《ろうばい》の色が顔一杯に拡がり、そして全身へ流れていった。
「変だよ、変なものが見える、ヘルナーの峰に……」
 ドレゴは、窓から半身を乗りだして、白い雪の帽子を被ったヘルナーの峰を見つめていたが、いくど目をしばたたいてみても、霊峰の上に船の形をしたようなものが見えるのだった。
「莫迦《ばか》な……」
 それでも彼はまだ自分の頭を信じなかった。目を信ずるわけにいかなかった。その揚句《あげく》彼は一旦窓から半身を引っ込めた。そして再び彼の姿が窓に現れたときには、彼の手には長く伸ばした望遠鏡が握られていた。接眼鏡は左手によって彼の目に当てられた。右手は望遠鏡の先の方を窓枠にしっかりと固定した。焦点が合わせられた。彼の視野に、浅みどり[#「浅みどり」は底本では「朝みどり」、10−下段−6]の空と、白い峰の雪とが躍った。やがて彼の探らんとする物体が、レンズの中央にしっかりと像を結んだ一瞬、彼は心臓をぎゅっと握られたように愕いた。
「おお
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