……こんな奇妙な風景があるだろうか……」
 彼は見たのだ。信じられないものを霊峰の上に見たのだ。それは彼の目によって見、彼の頭脳によって判断すると、ヘルナー山の峰の雪の上を、一隻の汽船が航行しているのである、船体をやや斜めに傾けて……。
 そんなことが有り得べき道理はない。海抜五千十七|米《メートル》のヘルナーの峰に、大海を渡るために作られた汽船が航行中というのはおかしい。が、いくら目をこすってみても、望遠鏡の焦点を再調整してみても、ヘルナーの山頂には少しも変わりなき異風景が見られたのである。ドレゴは遂に暈《めまい》を催《もよお》した。彼は望遠鏡を窓枠の上に置くと、そのまま窓の下にへたへたと崩れ座った。そして彼は目を両手で蔽うと、大きな声で泣き出した。それは彼自身が急に身体の調子を失して発狂したのだと思ったからであった。

  登山準備

 ドレゴが再び雄々しく立上ったのは、それから五分も経たない後のことだった。彼が若し自分が新聞記者であることを忘れていたとしたら、いつまでも窓の下で狂おしく泣いていたかもしれない。
「……これは特種《とくだね》だ。すばらしい、特種だぞ。いや、恐るべき大
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