ころが一箇所みつかった。それは左のこめかみの少し上にあたるところで、毛根にがさがさするほど血らしきものがこびりついていた。

  承前・稀代の怪事

「いつ、やったのか。昨夜は大分飲んだらしいが、……はて、気がつかなかったぞ」
 ドレゴは寝台を下りた。寝台を下りるとき枕許をふりかえると、枕も夥《おびただ》しい血で赤黒く汚れていた。
 そのときも彼はその負傷が、昨夜の梯子酒《はしござけ》の行脚《あんぎゃ》のときにどこかで受けたものであろうとばかり考えていた。
 彼は、北側の壁にかけてある鏡の前に進み寄った。
「あ! ……」
 彼は自分の顔を、幽鬼と見まちがえた。そうであろう、顔色は青く、目は光を失い、頭髪は萱原《かやはら》のように乱れ、そして艶のない頬の上にどろりと、赤黒い血痕が附着しているのであったから。
 彼は、非常な後悔の念に駆られた。そして一刻も早くこのような幽鬼の形相から脱《のが》れたいと思った。そのために彼は、隣の化粧室の扉を蹴るようにして中へ飛び込んだ。
 水をじゃあじゃあと出して、顔をごしごし洗った。首筋から胸へかけても、ひりひりするほどタオルでこすった。うがいも丁寧に二
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