たが、仲々その機会がなかった。それでもその翌朝は、彼に伝えることに成功した。だが水戸は一笑に附しただけであった。ドレゴは不満であった。東洋人というやつは、なぜにこう人間味がなくて枯れ木のようなんだろうと。
 エミリーに一度会ってやることを薦《すす》めもしたが、水戸は一層強くそれを断った。サンノム老人の下宿へも帰れない現状において、どうしてエミリーに会えるだろうかというのだった。ドレゴは反駁《はんばく》して、エミリーは水戸のためなら水火も辞せない女だから、秘密を他へ洩らすようなことは絶対にないと力説したが、水戸は頑固にそれを受入れなかった。そしてソ連へ入国する機会を早く得てくれるようにと、ドレゴに一所懸命頼んだのであった。
 そのことについては幸いにもドレゴがケノフスキーと取引関係があったので、相当便宜を図れるかと思われた。そこで彼はケノフスキーへあてて、至急会いたき旨の電報をつづけさまに数通も打った。しかしどういうものか、ケノフスキーからの返電は一度も来なかった。水戸は、見苦しい焦燥の色も見せはしなかったが、彼は次第に無口の度を加えた。
 その頃、新聞やラジオは、大西洋の特定水域の航行
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