こにこ顔になって、親しげな声をかけた。
「きょうは、この前の火星探険のことについて少し教えてもらいたくてね」
帆村は、ぶっきら棒にいった。
「何だ、仕事かい。まさか新しい利益配当の提訴事件じゃないんだろうね。もう隊には、儲けはちっとも残っていないんだから」
「そんなことじゃない。或る探険隊員について知りたいのだ。碇曳治という人がいたね。新聞やラジオで、宇宙の英雄ともちあげられた男だ」
「ははあ、又縁談の口かね。あの男ならもう駄目だよ。七年越しの岡惚れ女と今は愛の巣を営んでいるからね」
「谷間シズカという女のことをいっているんだね」
「おや、もうそれを知っているのか。それでないとすると、どういう事件だい」
「僕の仕事は依頼者のために秘密を守る義務を負わされているのでね。……ところであのときの記録|綴《つづり》を見せて貰いたいんだ。いつだかもすっかり見せて貰ったが、書庫へ行った方が、少しは君たちの邪魔にならなくていいだろうね」
桝形は苦がり切っていた。図々しい探偵の要求をはねつけることはむずかしい。
「隊員といえども閲覧禁止という規定にしてあるんだが、まあ君だからいいだろう。こっちへ来給え」
書庫は地階十三階にあって、隊長室の後隣の部屋になっていた。桝形は帆村たちの傍から一秒間も目を放そうとしなかった。
「どうも変だね。始めの方には、隊員名簿の中に碇曳治の名がない、途中から以後には彼の名がある。これはどういうわけかね」
「はははは。そんなことかい。名探偵にそれ位のことが分らないのか」
「最初の隊員総数三十九名。帰還したときには四十名となっている。碇曳治は、始めつけ落されている。なぜだろう。隊長たる君が勘定から洩らしている隊員。ああ、そうか碇曳治は密航者なんだ。そうだろう」
「もちろん、そういうことになる」
桝形は冷静を装って、事もなげに言った。帆村はそれには目もくれず、立上って別の書類を棚から下ろして来た。それは「航空日誌」であった。彼は最初の頁から、熱心に目を落として行った。
「あった。○八月三日(第三日)総員起シノ直前、第五倉通路ニ於テ密航者ヲ発見ス。随分簡単な記録だ。それから後は……」
帆村は頁の上を指先で突きながら、先をさぐって行った。同じ日の終りの方に、もう一つ記事があった。
「各部長会議ハ食糧、空気、燃料等ノ在庫数量ヲ再検討シタル結果、隊員ヲ今一名
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