いう風に、無言行《むごんぎょう》の伯父に呼びかけた。
「今の僕のやり方でよかったですか」
「結構だった」
「そんならいいが……しかしおじさま、あれだけでは碇に怒鳴りつけられただけで、さっぱり収穫はないじゃないですか」
「君はそう思うかね」老探偵は唇をぐっとへの字に曲げた。「私はいろいろと新しいことを知った」
「え、新しいことをですか。どんなことです。それは……」
「君にも分っていると思うんだが、あの二人は正《まさ》に同居していたこと」
「そんなことなら僕だって分る……」
「それからシズカ夫人は碇氏を誇りとしていること。ところが碇氏はそうでなくて、探険隊員のことで宣伝されるのを厭《いや》がっていること――このことが私には最も大きな収穫だった。それによって私は、これからすぐに訪問しなければならない所が出来た」
「面白いですね。どこへでもお供します。しかしおじさま。事件の本筋を離れるんじゃありませんか。だって碇氏の方のことを調べたって、シズカ夫人につけまとう恐ろしい顔の男の方は解決されないでしょうから……」
「まあ、私について来るさ。とにかく何でもいいから、腑《ふ》に落ちないものが見つかれば、それをまず解決して行くのがこの道の妙諦《みょうたい》なんだ。案外それが、直接的な重大な鍵を提供してくれることがあるんでね」
「またおじさまの経験論ですか。それは古いですよ。統計なんておよそ偶然の集りです。確率論で簡単に片附けられる無価値なものですよ」
「条件をうまく整理すれば、そんなに無価値ではなくなる。まあ、行こうや」


   記録秘録


 桝形《ますがた》探険隊事務所では、帆村たちを、防弾天井越しに青空の見える円天井広間へ招じ入れた。
 桝形隊長は、帆村とは前々から或る仕事に関して同僚であったことがあり、しかもその当時帆村の並々ならぬ尽力によって、彼が危機を救われたこともあって、帆村に対しては最大級の礼をもってしなければならない立場にあった。だが、彼が心の底から帆村に感謝しているかどうか、それは分ったものでない。こういう場合、世間では先に自分を救った者を煙ったく思って敬遠したり、又ひどい例では、隙があらば恩人の足をすくって川の中へ放り込もうとする者さえある。
 桝形は、五十がらみの、でっぷり肥ったりっぱな体躯の男だったが、帆村たちの待っている青空の間へ足を踏み入れると、急にに
前へ 次へ
全18ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング