断層顔
海野十三
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)釦《ボタン》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)老探偵|帆村荘六《ほむらそうろく》
−−
事件依頼人
昭和五十二年の冬十二月十二日は、雪と共に夜が明けた。
老探偵|帆村荘六《ほむらそうろく》は、いつものように地上室の寝床の上に目をさました。
美人の人造人間のカユミ助手が定刻を告げて起こしに来たからである。
「――そして先生。今日は人工肺臓をおとりかえになる日でございます。もうその用意がとなりの部屋に出来ています」
カユミは、そういって、本日の特別の了知事項を告げた。
老探偵はむっくり起上った。すっかり白くなった長髪をうしろへかきあげながら、壁にかかっている鏡の前に立った。
血色はいい。皮膚からは血がしたたりそうであった。
探偵は片手をのばして、鏡の隅についている釦《ボタン》を押した。
するとその瞬間に、鏡の中の彼の姿は消え、そのかわりに曲線図があらわれた。
その上には七つの曲線が入《い》り交《まじ》っていた。そして、十二月十二日の横座標の上に七つの新しい点が見ている前で加えられたが、それは光るスポットで表示された。――その七つの曲線は、彼の健康を評価する七つの条件を示していた。脈搏《みゃくはく》の数と正常さ、呼吸数、体温、血圧、その他いくつかの反応だった。鏡の前に立てば、ほとんど瞬間にこれらのものが測定され、そしてスポットとして健康曲線上に表示される仕掛になっていた。
「ふうん、今朝はこのごろのうちで一番調子がよくないて。そろそろ心臓も人工のものにとりかえたが、いいのかな」
――いや、こんなことを一々書きつらねて、彼の昭和五十二年における生活ぶりを説明して行くのは煩《わずら》わしすぎる。あとはもうなるべく書かないことにしよう。特別の場合の外は……。
帆村が、人工肺臓もとりかえ、朝の水浴《みずあ》びをし、それから食事をすませて、あとは故郷の山でつんだ番茶を入れた大きな湯呑《ゆのみ》をそばにおいて、ラジオのニュース放送の抜萃《ばっすい》を聞き入っているとき、カユミ助手が入って来て、来客のあるのを告げた。そしてテレビジョンのスイッチをひねった。
映写幕の上に、等身大の婦人の映像があらわれた。
ハンカチーフで顔の下半分を隠している。その上
次へ
全18ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング