から覗《のぞ》いている両眼に、きつい恐怖の色があった。
 服装は、頭に原子|防弾《ぼうだん》のヘルメットを、ルビー玉の首飾、そしてカナダ栗鼠《りす》の長いオーバー、足に防弾靴を長くはいている。一メートルばかりの金属光沢をもった短いステッキを、防弾手袋をはめた片手に持っている。
 要するに、事件にまきこまれて戦慄《せんりつ》している若い女が訪れたのだ。特に教養があるというわけでもなく、さりとてうすっぺらな女でもなさそうだ。
 老探偵は、その女客を迎えて、応接間に招じ入れた。
 女は毛皮のオーバーを脱いだ。その下から真黄色なドレスがあらわれた。黄色いドレスと紅いルビーの首飾と蒼ざめた女の顔とが、ロマンのすべてを語っているように思った。探偵は、自分の脳髄の中のすべての継電器《リレー》に油をさし終った。
「どうぞお気に召すままに……。で、どんなことでございますかな、あなたさまがお困りになっていることは……」
 帆村は、黄金のシガレット・ケースを婦人客にすすめた。
「困りましてございます」客は煙を一口吸っただけだった。「……あたくし、恐ろしい顔の男に、あとをつけられていまして……。なんとか保護していただきたいのですけれど」
「それはお困りでいらっしゃいましょう」
 恐ろしい顔の男につけられている、保護を頼みたい――と、女客はいう。古めかしい事件だ。五千年前のエジプト時代――いや、もっと大昔のエデンの園追放後にはもう発生したその種の事件だった。それが今もなお、こと新しくおい茂るのだ。
「で、その男をどう処置すれば、ご満足行くのでございますか、奥様」
 探偵は、このとき始めて奥様と呼んだが、それはこのまだ名乗らない婦人にとって正《まさ》に図星だった。
「あたくしをつけ廻さないように……あたくしの眼界から完全に消えてしまうように、きまりをつけていただきたいのでございます」
「その男に約束させるか、その男を殺すかですね。奥様はどっちを……」
 老探偵は、声の調子を変えもせず、すらすらとその言葉を口にした。
「あのう、お金なら多少持っていますの」
 婦人は低い声で桁《けた》の多い数字を囁《ささや》いた。
「――しかし事は完全に処置されることを条件といたします」
「彼に死を与えるか、それとも完全に約束させるかのどっちかですが、果して彼が完全に約束を守るような男かどうか――おお、それについ
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