しているぞ。そうだ。のろしをあげろ」
「もしもし、ここも危険ですよ。水に洗われて、土台にひびがはいって来ました。ぐずぐずしていると、家もろとも洪水《こうずい》の中に落ちこみます。早くにげなさい。早く、早く」
「ええッ、ほんとかい。それはたいへんだ」
「おーい、おまえさんもにげなさい。命をおとしてもいいのかい」
「にげるけれど、猫がいないから探しているんだ」
 混乱のうちに、めりめり音がして、庁舎《ちょうしゃ》がさけだした。
 このとき、最後の避難者《ひなんしゃ》がにげだした。彼が戸口から出て、ダムの破壊箇所《はかいかしょ》と反対の方向へ、二三歩走ったと思うと、庁舎は大きな音をたてて、決潰《けっかい》ダムの下のさかまく泥水《どろみず》の中へ、がらがらと落ちていった。
「ああ、助かってよかったよ。ねえ、ミイ公《こう》や」
 その最後の避難者の腕に、まっ白な猫の子がだかれていた。
 ものすごい決潰と、恐ろしい大濁流とに、人々はすっかりおびえきっていて、もっと早くしなくてはならないことを忘れていた。
、やっとそれに気がついた者があった。
「ああ、あそこに立っている。あいつだ。ダムをこんなにこわ
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