もないことをおそれているのではない。わしを信じてくれ。そしてわしを完全に保護してくれたまえ」
 博士は、からだをぶるぶるふるわせながら、そういって、同じことをくりかえし、いうのであった。友人たちもそれ以上、この病人からわけを聞きただすことをさしひかえた。
 こうして博士は、東京の西郊《せいこう》にある柿ガ岡病院にはいった。ここは多摩川《たまがわ》に近い丘の上にあるしずかな病院であった。この病院は、土地が療養《りょうよう》にたいへんいい場所であるうえに、すぐれた物理療法《ぶつりりょうほう》の機械があって、東京において、もっとも進歩した病院の一つであった。
 院長は大宮山博士《おおみややまはかせ》だった。
 谷博士は、じつは大宮山博士をいつも攻撃していたし、大宮山博士もまた、谷博士には反対の態度をとっていた。ただし、それは学問の上のことだけであって、友人と友人とのあいだがらは、たいへんおだやかであり、たがいの人格も信用していた。だから、谷博士は、自分の視力《しりょく》がやられ、神経もいたんでいるとさとると、みずからすすんで大宮山博士が院長になって経営しているこの柿ガ岡病院にはいる決心をしたのであった。知らない人は、ふしぎなことに思ったにちがいない。
 院長たちの手あつい治療によって、谷博士はだんだん快方《かいほう》に向かった。
 しかしよくなるのは神経病の方だけであって、視力の方はまだ一向はっきりしなかった。博士はいつも繃帯《ほうたい》でもって、両の目をぐるぐる巻いていた。
「ぼくの目は、もうだめかね」
 谷博士がたずねたことがある。
「いや、だめだとはきまっておらん。今の療法をもうすこしつづけたい。それが、効果がないとはっきり分かったら、また別の方法でやってみる」
「いよいよ目がだめなら、ぼくは人工眼《じんこうがん》をいれてみるつもりだ」
「人工眼か? 君の発明したものだね。まあ、それはずっと後のことにしてくれ。君はぼくの病院の患者なんだから、よけいな気をつかわないで、ぼくたちに治療《ちりょう》をまかしておいてくれるといい」
「うん、それは分かっているんだ」
 谷博士は、そのあとでしばらく口をもごもごさせて、いいにくそうにしていたが、やがて低い声でつぶやいた。
「……あの恐ろしいやつの存在を、一日も早くつきとめたいのだ。ぐずぐずしていると、こっちが目が見えないのにつけ
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