こんで、あの恐ろしいやつが、わしを殺してしまうかもしれない」
 この低きつぶやきの声も、院長たちの耳に聞こえた。院長は、聞こえても、聞こえないふりをしていた。それは谷博士の神経病がまだ完全によくなっていないと思ったからだ。病気から出ている恐怖心《きょうふしん》だと思っていたのだ。
 院長の考えが正しいのか、それとも谷博士の戦慄《せんりつ》にほんとの根拠《こんきょ》があるのか。
 その谷博士のところへ、ある日曜日の朝、にぎやかな面会人が来た。それは、例の五人の少年たちであった。
 院長から許可が出たので、面会人の少年たちは、一人の看護婦にみちびかれて、谷博士がやすんでいる丘の上へ行った。博士は車のついた籐椅子《とういす》に乗って、すずしい木かげでやすんでいた。附添《つきそい》の看護婦が、博士のために、本を読んでいたようだ。少年たちは、繃帯を目のまわりに鉢巻《はちま》きのようにして巻いた、いたいたしい博士のまわりにあつまり、かわるがわるなぐさめのことばをのべた。
 博士はたいへんよろこんで、いちいち少年の手をにぎって振った。
 看護婦が少年たちに博士のことを頼んで向こうへ行ってしまうと、博士はあたりをはばかるような声で、少年たちにたずねた。
「もう例の事件がおこってから十三日めになるが、犯人はつかまったかね」
「いえ、まだです」
「いま、どこにいるんだか、分かっているの」
「国境《くにざかい》あたりまでは、追っていったんですが、そこで見うしなって、そのあと、どこへ行ったか、あの怪しい機械人間の行方は分からないのだそうです」
「それは困ったな。すると、ゆだんはならないぞ」
「ぼくたちも、なんとかしてあの怪物をつかまえたいと思って、五人集まって探偵をしているんですが、まだなんの手がかりもないです」
「それはけっこうなことだが、諸君はあの怪物とたたかうのはやめなさい。たいへん危険だからね」
「危険はかくごしています。とにかくあんな悪いやつは、そのままにしておけませんからねえ」
「だが、君たちは、とてもあの怪物とは太刀《たち》うちができないだろう。いや、君たち少年ばかりではない。どんなかしこい大人でも、あれには手こずるだろう。もしもわしの予感があたっていれば、あれは、超人間《ちょうにんげん》なんだ。超人間、つまり人間よりもずっとかしこい生物《せいぶつ》なのだ。わしは、あれのため
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