に彼は薬学家として、毒物に対する肯定と尊敬とを持っていた。毒物にやられて呼吸中枢が止り、循環器官が停《とま》ると、もう一切のものは破壊へむかって展開するにきまっていると、原書で習った生理学の知識を思いうかべて、アーメンと小さい声で言った。彼が探偵小説の読者ではなかったことを、深く遺憾としなければならない。
 その後に来るものは、無間地獄のような悲歎と寂寥《せきりょう》とであった。喜助にはもう何事を望む気持もなかった。誰を待つことも考えられなかった。後半が脱落している書物の、その最後の一行を読みおわったような感じだった。そうなった上は、彼の行くべき道は、誰しもが選ぶたった一つ残されたその道――自殺ということであった。
 喜助は自殺しようと決心した。
 喜助にとって、自殺することは、障子に手をかけてガラリと開くのと、その容易さに於て余り大差がなく感ぜられた。自殺して、天国の門口で、(おお、とうとうお前も来て呉れたか)と云って老人の胸に抱かれることがどんなにか楽しみであった。彼は堅くそれが出来ることを信じていたのだった。喜助はここで、死ぬ時間のことを考えた。なるべく早く死にたい。老人の葬式が
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