よたと通って、ついに戸山ッ原の入口にと、さしかかった。
深夜の戸山ッ原!
それは知る人ぞ知るで、まことに静かな地帯である。地帯一帯を蔽う、くぬぎ林は、ハヤシの如くしずまりかえっているし、はき溜《だめ》を置いてあるでなし、ドブ板があるでなし、リーヤ・カーが置きっ放しになっているではなし、ましてやネオンサインも看板もない。そこに在るものは、概して土で、その外、くぬぎの木と、背丈の短い雑草とキャラメルの空函ぐらい、あとは紙類がごそごそ匐《は》っている程度である。実に一向開けない原っぱであるが、これが歌舞伎芝居なら、大ざつまを入れて、柝《き》の音《ね》とともに浅黄幕《あさぎまく》を切っておとし、本釣《ほんづ》りの鐘をごーんときかせたいところであるが、生憎《あいにく》そんなものは用意がしてなくて、唯《ただ》聞えるは、草の根にすだく虫の音ばかり、とたんに月は雲間を出でて、月光は水のように流れ、くぬぎ林はほのぼのと幹を露呈《ろてい》してわが眼底に像を結んだ。わかりやすく言えば、月が出て、林が明るくなっただけのこと。
そのときわたくしは、無人の境だとばかり思っていたこの戸山ッ原に、人がいるのを知
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