であった。
 この悦び、この安心!
 だが、わたくしにとって、解けぬ謎は、あの夜の戸山ッ原の怪事件であった。なぜ、あの夜に限り、わたくしの姿が、あの人々には見えなかったのであろう。
 わたくしは、そのことを、仲のいいわたくしの友達で、白石君というのに話をした。但し、わたくし自身の身の上話をしないで、第三者の話のような角度でもって語ったのだった。
 すると、その白石君は、ふふんと鼻で笑い、
「それは、分っているさ、別にその人(実はわたくしのこと)の身体が見えなかったわけじゃないのさ」
「えっ?」
「つまり、あんなところで密会している若い男女にとって、向うから突き当ってくるその人は、不気味な恐ろしい人物と見えたので、そこで触らぬ神に祟《たたり》なしのたとえのとおりで、見て見ぬふりをしたというわけだ。つまり、その人を怒らせて、物事をあらだてては、二人の大損だからね」
「ふーん、なるほど。そうだったか。はははは」
「なにがおかしいんだ。へんな男だ」
 白石君は怪訝《けげん》な顔をして、わたくしを見つめたが、わたくしはうれしくてたまらなかった。
 ところが、そのよろこびは、ものの五日とつづかなか
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