を、なげつける。わたくしは、そのとき、咽喉のところまで出てきたことば――藤田さん、わたくしが見えるかね、わたくしの身体が――と聞きたいのを懸命に我慢した。そしてわたくしは、自分の背後をふりかえってみたのであった。それはもしや藤田師が、わたくしの後に立っている他の者に対して、話しかけたのではないかを知るためだった。
その結果、わたくしは、初めて、大安心をすることができた。わたくしの後には誰もいなかった。廊下は、奥の方まで素通《すどお》しで、猫一匹、そこにはいなかった。
「やあ、藤田さん。ゆうべは、だいぶん儲《もう》けたらしく、機嫌がいいね。はははは」
と、わたくしは、初めて笑いごえを立てた。
「うふ、ゆうべだけじゃないよ。このごろは、亡者《もうじゃ》ども、一般に金まわりがよいと見えて、見料の外にチップを置いていくよ。呆《あき》れた時勢だな。はッはッはッはッ」
藤田師の笑い声は、わたくしにとって、千両万両の値打があった。わたくしの身体は、たしかに見えるのである。その証明が、この藤田師によって、りっぱに立ったのである。わたくしは、天にものぼらんばかりの巨大なる悦《よろこ》びを感じた次第
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