んで莨《たばこ》をのんだ。
 そのとき鳴海が、突然妙なことをいい出した。
「ねえ闇川。一体、迎春館主《げいしゅんかんしゅ》和歌宮鈍千木師なる者は実在の人物かね」
 私は声が詰《つま》って、しばらく返事ができなかった。
「何故急にそんなことを訊《き》くんだい」
「だって僕は、これまで和歌宮を散々尋ねて歩いたんだが、遂に彼を見ることができなかった」
「探し方が悪いんだろう」
「いや、そうとは思えない。僕の調べたところでは、多くの人々が迎春館という名を知っており、和歌宮鈍千木師の名前も聞いて知っているが、さて迎春館のはっきりした所在も知《し》らず、また和歌宮師に会った者もないのだ。変な話じゃないか。君は、これに対してどういう釈明《しゃくめい》を以て僕を満足させてくれるかね」
「はっはっはっはっ」
 私は声をたてて笑った。
「なぜ笑うのか」
「だって君はあまりに懐疑的だよ。和歌宮先生の如き貴人が、そう安っぽく人前に現われるものか。先生や迎春館に関する話がたくさん知られていることだけでも、その存在はりっぱに証明されるじゃないか。先生は、本当に人体売買の手術を希望する当人以外には会っている遑《いと
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