そこにいなかった。いや、正確にいうと、寮の建物はあったが、寮の名が変っていたのだ。つまり寮は売られて、倉庫になっていた。倉庫の番人に珠子の移転先を聞いても、首を横にふるだけであった。私は失望を禁じ得なかったと共に、珠子に対して或る不満をさえ始めて感じた。
 だが、私は帰途《きと》についてから、思いかえしてもみた。珠子から私へあてた移転の手紙が、今郵便局の配達員の手にあるのではないか。もう一日も待てば、その封筒は私の家へ届けられるのではなかろうか。
 私は家へ戻って、ひたすらにその手紙の到着するのを待った。時間は遅々《ちち》として、なかなか捗《はかど》らなかった。私は縁側に出て日向《ひなた》ぼっこをしながら、郵便配達員の近づく足音を一秒でも早く聞き当てようと骨を折った。しかし私の望みはいつまで経っても達せられなかった。
 私の気持は、段々と侘《わび》しくなっていった。まだ明日《あす》という日もあるものをと、自分を叱《しか》ってもみた。しかし侘しさは消えなかった。私は自分の脚の毛脛《けずね》を――いや、これはあのとき売物を買って取付けたものであるが、今はこれが自分の脛の第二世となっている―
前へ 次へ
全35ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング