君はそんな悪魔と近づきになったんだい。悪いことはいわん。その和歌宮館主には、もう近づくなよ。そんなところへ出入りをしていると、末《すえ》にはとんでもない目にあうぞ」
純情一本気の友は、私を睨《にら》みつけるようにしていった。
「君も一度、和歌宮先生に会ってみるのがいいよ。すると、きっと今の言葉を取消すだろう」
「ちえっ、誰がそんな汚い奴の傍へ近づくものか」
「その和歌宮先生が、私の長い脛をつくづく見ていうのだ。“あなたの脛は非常に立派だ。四十三|糎《センチ》という長い脛は比較的めずらしい方に属するばかりか、あなたの脛骨《けいこつ》と腓骨《ひこつ》の形が非常に美しい。脛骨の正面なんか純正双曲線をなしている”とね。そして、もしこれを売る意志があるのだったら、九十九万円には買取るというのだ」
「ばかなことは、よせ。ここではっきりいって置くぞ。天から授《さず》かった神聖な躯を売却していいと思うか。それも物質的欲望のために売却するなんて、猛烈に汚いことだ。万一君がそんなことをすれば、もう絶交だぞ」
鳴海は、膝で畳をどんどん叩いて埃《ほこり》をひどく舞上らせながら喚《わめ》いた。でも私はいってやった。
「売った方がいいという事情があれば、売ってもいいじゃないか。それにそういうものを売るか売らないかは、僕ひとりが決めていいのだ」
「それは許せない。売ってはならない。それに……それに、もし珠子《たまこ》さんがそれを知ったら、どんなに嘆くと思う。君達の間に、きっと罅《ひび》が入るぞ、それも別離の致命傷の罅が……」
「そんなことが有ってたまるか」
「大いに有りさ。考えても見給え、珠子さんが……」
「珠子が、それを望んでいるとしたら、君はまだ何かいうことが有るかね」
「……」
驚異の技術
もともとこの記録は手記風に綴りたき考えであった。ところが書き始めてみると、やっぱりいつもの癖が出て小説体になってしまった。やむを得ず筆を停めて胡魔化《ごまか》した。今日こそは手記風に書きたく思う。
うるさき鳴海三郎は、いくら追払《おいはら》っても懲《こ》りる風《ふう》を見せず、毎日のように押掛けてきては碌《ろく》なことをいわない。全く困った友だ。
彼は、必ず決って私が両脚を売るつもりでいることを非難する。そして始めは、珠子のことを引合いに出して諫《いさ》めたもんだが、私がそれをやっつ
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