植え移され、忽《たちま》ち若返る。移植手術、大いに結構じゃないか」
「いや、僕は何も移植手術そのものが悪いといっているのじゃない。移植手術のすばらしい進歩は、人類福祉のために大いに結構だ。しかしこの種の手術を施行《しこう》するについては、瀬尾《せお》教授のやっておられるように、飽《あ》くまで公明正大でなければならぬと思う。つまり瀬尾教授の場合は、例えばここに交通事故があって肝臓を破って死に瀕《ひん》した男があったとすると、これを即時手術してその肝臓を摘出《てきしゅつ》して捨て、それに代って、在庫の肝臓を移植する。その肝臓というのは、肝臓病ではない死者から摘出し、予《か》ねて貯蔵してあったものであり、そしてそれはその遺族が世界人類の幸福のために人体集成局部品部へ進んで売却したものなんだ。まあこういうのが公明正大で、瀬尾教授の手術を受ける者は一点の後めたいところもない。これでなくちゃいかんよ」
 と鳴海三郎は、真剣な顔付になって大いに弁じた。しかし私は一向感心しなかった。移植手術に公明正大か否かを問う必要はない。要するに移植手術を受けた者は幸福になれるのだから、それでいいのだ。むしろ問題は、その手術の手際《てぎわ》如何《いかん》にあるだろう。
「どうだ闇川《やみかわ》。聴いているのか」
「うん、聴いている。で、君は迎春館の話を一体誰から仕入れて来たのかね」
「或る新聞記者からさ。尤《もっと》もその記者は、倶楽部《クラブ》で仲間からの又聴きなんだそうな。その話によると、迎春館は表通を探しても見つからないそうだが、一度その中へ飛込んだ者はその繁昌ぶりに愕《おどろ》かされるそうだ。そして何でも、僕たち小説家仲間に、迎春館のことについてとても詳しい奴がいるんだそうな、生憎《あいにく》その名前を聞くのを忘れたがね。おや、何を笑うんだ」
 私はぎくりとして、笑いを引込めた。そして硬い顔になっていった。
「事実、迎春館主の和歌宮鈍千木氏《わかみやどんちきし》の技倆《ぎりょう》は大したもんだ。和歌宮鈍千木氏は……」
「そのワカミヤ、ドンチキとかいうのは主任医なのかね」
「そうだ。頭髪も頬髭顎髯も麻のように真白な老人だ。しかし老人くさいのは毛髪だけで、あとの全身は青春そのもののように溌溂としている。尤もお手のものの移植手術で修整したんだろうが……」
「呆《あき》れた、呆れた。いつの間に、
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