ありがたいことでございます」
老師は照れかくしに、つまらん講義を始める。
「ところで、この酒を一杯|献《けん》じよう。これはこの地方で申す火酒《ウォッカ》の一種であって、特別|醸造《じょうぞう》になるもの、すこぶる美味《びみ》じゃ。飲むときは、銀製の深い盃《さかずき》で呑めといわれている。ではなみなみとついで、乾盃といこう」
二つの銀の盃に、その火酒《ウォッカ》はなみなみとつがれた。盃の縁《ふち》は、りーんといい音をたてて鳴った。
「チェリオ!」
「はあ、ペスト!」
金博士は、変な言葉でうけて、盃の酒を、一息に口の中に流しこんだ。
老師も盃を傾けて口の傍《そば》に持っていった。しかし師は酒を呑んだわけではない。老師の拇指《おやゆび》が、その盃についている突起《とっき》をちょいと押した。すると、盃の底に穴があいて、酒はこの穴を通して盃の台の中にちょろちょろと流れ込んでしまった。とんだ仕掛のあるインチキ盃だった。
「どうじゃ、美酒《びしゅ》じゃろうが、もう一杯、いこう」
「さいですか。どうもすみませんねえ」
金博士は、またも盃になみなみ注《つ》いでもらって、老師と共に乾盃をくりか
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