重大な話を隠されたマイクロフォンの前に始めようとする。ああ危《あぶな》い危い。


   重い使命


 空魔艦「足の骨」の船内では、隊長「笑い熊」をはじめとし、主脳部の連中がそろって高声器の前へあつまっていた。それはいましも、水上の探険隊長大月大佐と丁坊少年の重大なる話が始まるところだったからである。
「丁坊。お前が熱心な愛国心をもった日本人だということはよく分った。では、わが探険隊の目的というのを教えてやろうよ」
 と、これは大月大佐の声だった。
「ああ、隊長さんとうとう分ってくれたのですね。僕はこんなに嬉しいことはない。さあ聞かせてください。こんな極地へ探険にやってきた目的というのを」
 と、これは丁坊の声である。
 いよいよ重大な秘密が洩《も》れそうである。氷上の探険隊員は誰一人として、この会話がそのままそっくり空魔艦の高声器から響きわたっているとは知らない。
 その高声器の前へ、怪人隊長「笑い熊」は章魚《たこ》のようなマスクをかぶった顔を近づける。
「――じゃあ丁坊。よく聞け。これは大秘密だがお前も知ってのとおり、このごろ北極に近い地方に、恐ろしい大型の飛行機をもった国籍不明の団体が集っていて、なにかしきりに高級な研究をやっているという情報が入った。北極のことなんかどうでもよいという人が多いのだけれど、儂《わし》はそれを聞いてびっくりした。というわけは、昔はこの氷の張りつめた北極地方はほとんど船で乗りきることができないので、交通路として三文の値打もなかった。ところが近年航空機がすばらしい発達をとげてからというものは、なにも氷をわけてゆかなくとも空を飛行機で飛べば、この北極地方を通りぬけられるという見込がついた。しかしこの北極航空にはまだいろいろ問題がある。そういう非常に寒いところでは、エンジンも電池もすっかり働きがわるくなるし、お天気などのこともよく分っていないし、飛行機に使っている金属材料もたいへん折れやすくなるなどという風に、いろいろと困ったことや分らないことがあるのだ。だから飛行機さえ持っていれば、極地をかんたんに飛びこえられると思うのは間違いである。わかるだろうね、丁坊」
「ええ、分りますとも」
「例の国籍不明の団体は、空魔艦によってこの北極にのりこみ、いろいろと研究を始めているらしい。その研究も、なかなか油断のならぬ研究であることは、空魔艦がときどき日本内地の上空に現れることからも察しられる」
「そうですとも。僕なんかも、東京に住んでいたのにとつぜん空魔艦にさらわれたんですものねえ」
「うん、そこだ。空魔艦団なるものは、明らかに日本を狙《ねら》っているのだ。日本に対しどういうことをしようと思っているのか、それはまだはっきり分らないけれど、この際、それを知って置かねば日本国民は枕を高くして安心して寝てはいられない。われわれが若鷹丸に乗ってこんな大冒険をしてまでここへやってきたのもそれを突きとめるためだ」
 と語る隊長大月大佐の言葉は、火のように熱してきた。


   死か突撃《とつげき》か


「――ところが残念にも、われわれの仕事は途中で折れてしまった。若鷹丸は、まず氷にとじこめられ、次に沈没してしまった。われわれはこれ以上前進しようと思っても、もう足の用をするものがないのだ。実に残念だが、もうどうにもならない。しかもわれわれは前進するどころか、無事に日本へ帰りつくことさえ断念しなければならない。この極地に遅い春が来て氷が割れだすころには一同そろって冷い海水の中に転げおちなければならない。残念である。まことに残念である」
 大月大佐は、そういって身体をふるわせた。自分ははじめより生命を捨ててかかっているので、捨てる生命はい惜しくはないが、隊員たちの生命までここでむざむざ失うのは、たえられないことだった。若鷹丸は、いかに厚い氷にとざされても大丈夫だとうけあわれていたのに、こんなことになってしまって、すっかり予定がくるってしまったのだ。
 丁坊は、大月大佐が悄気《しょげ》ているのを見ると、気の毒にもなり、またこんなことではいけないと思った。そこで少年は、隊長をはげまそうと思った。
「隊長さん、どうせ死ぬことが分っているのなら、皆で隊を組んで、空魔艦のいるところまで攻め行ってはどうですか。僕は、そこまで案内しますよ」
「空魔艦のいるところまで攻めてゆく。あっはっはっ、お前はなかなか勇敢なことをいう」
 と大月大佐は、始めて笑いました。
「だって、何でもないではありませんか。幸《さいわ》い氷はどこまでも張っているから、氷の上の歩いてゆけば、きっと空魔艦の根拠地へつきますよ」
「それは容易なことではなかろうが、理屈は正にそのとおりだ。いや丁坊君。よくいってくれた。儂《わし》は大いに元気づいた。これから食料品や武器がど
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