大空魔艦
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)丁坊《ていぼう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)探険船|若鷹丸《わかたかまる》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)とくい[#「とくい」に傍点]のように見えた。
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   模型飛行機


 丁坊《ていぼう》という名でよばれている東京ホテルの給仕君《きゅうじくん》ほど、飛行機の好きな少年は珍《めず》らしいであろう。
 丁坊は、たくさんの模型飛行機をもっている。みんなで五六十台もあろうか。これはみな丁坊が自分でつくったのだ。
 航研機《こうけんき》もある。ニッポン号もある。ダグラスやロックヒードの模型もみんな持っているのだ。
「おい、丁坊。ベルリンから来た新聞に、こんな新しい飛行機の写真が出ているぜ」
 などと、ホテルのボーイ長《ちょう》の長谷川《はせがわ》さんは、外国から来る新聞によく気をつけていて、珍らしい写真があると、それを丁坊に知らせてくれるのだった。
「ふふん、これは素敵《すてき》だ。プロペラが四つもついていらあ。――長谷川さん、どうもありがとう」
 そうお礼をいって、丁坊は新聞を穴のあくほど見つめているが、それから一週間ぐらい経《た》つと、丁坊は大きな叫び声をあげて、ホテルの裏口からとびこんでくる。
「長谷川さんはどこにいるの。うわーい、新しい飛行機が出来たい」
 丁坊は、手づくりのその模型をボーイ長の鼻の先へもっていって愕《おどろ》かせる。
「うーむ、これは何処で買ってきたんだい」
「買ったんじゃないよ。僕が一週間かかってこしらえちゃったんだい」
「あはっはっはっ。嘘《うそ》をつけ、子供にこんな立派な細工が出来るものかい」
 と、ボーイ長は本当にしない。
 そこで丁坊は怒《いか》って、それじゃ僕の腕前を見せてやろうというので、この頃はホテルの中で身体《からだ》の明《あ》いたとき、せっせと模型飛行機をつくっている。
 ホテルで丁坊が儲《もう》けたお金のその半分は、模型飛行機材料を買うためになくなってしまう。
 丁坊の家族は、お母さんが只《ただ》ひとりいるきりだ。お父さんは、今から十年ほど前、なくなった。このお母さんという人が変っていて、丁坊が飛行機模型をつくるのに、ホテルで儲けた尊いお金の半分をつかってしまうので、さぞお怒《おこ》りなんだろうと思っていると、そうではない。
「丁太郎《ていたろう》(これが丁坊の本名だ)は飛行機がすきなんだし、それに手も器用なんですから、わたくしは飛行機づくりならいくらでもおやり、お母さんは叱《しか》らないからねといっているのでございますよ」
 と、お母さんはすましたものである。
「いえね、それにうちの丁太郎は自分で働いて儲けたお金で好きな細工をやっているんですから、云うことはありませんよ。これからの世界は、わたくしたちの昔とはちがいますよ。役に立つことにはどんどんお金をつかわないと、えらい人にはなれませんよ」
 と、お母さんは近所の奥さんに話をして、とくい[#「とくい」に傍点]のように見えた。こんなふうだから、丁坊はいよいよ飛行機模型づくりに熱心になって、三間《みま》しかないお家の天井という天井には、いまでは大小さまざまの飛行機模型がずらりとぶらさがっていて、風にゆらゆらゆらいでいる。だから蠅《はえ》などは、それにおどろいて、丁坊の家に入ってきても、すぐ逃げていってしまう。
 このような丁坊の飛行機好きが、後になって、大変なさわぎを起そうなどとは、当人はもちろん丁坊を眼の中に入れても痛くないというほど可愛《かわ》いがっているお母さんにも、全《まった》くわかっていなかったろう。


   戦争の噂


 それは、まだごはんにはすこし早いという或る冬の日だった。
 丁坊は非番でホテルへはいかず、自分の部屋で、飛行機づくりに夢中になっていた。
 そのとき遠くの方で、ピピーという口笛が鳴った。
「ああ、口笛が鳴った。清《きよ》ちゃんだね。そうだ今日はユンカース機を見せてやろう」
 そういって彼は、長い竹をとりあげて、天井に釣《つ》ってあったユンカースの重爆機《じゅうばくき》の模型を畳《たたみ》の上におろした。
 ばさーっ。
 玄関に、夕刊の投げこまれる音がした。
「おーい清ちゃん。こっちの窓へお廻りよ」
「ああ、いまいかあ。――」
 とんとんと土をふんで、林檎《りんご》のように赤くて丸い顔をした鉢巻《はちまき》すがたの少年が、にっこりと窓の外から顔を出した。
「やあ丁坊。早く見せておくれよ。今日は本社の配達がたいへん遅れちゃったんで、これからいそがなきゃならないんだよ」
 吉岡清君《よしおかきよしくん》は、動物園のお猿のように、窓の鉄格子《てつごうし》につかまっ
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