月大佐以下二十名の隊員が入り、小さい三つの天幕には、陸あげされた器械や器具などが入れられた。
 大月大佐は、大きい天幕の中に新しくつくられた席に腰をおろすと、
「おい、さっきの空魔艦から降ってきた日本少年をひっぱってこい」
 と命じた。
 達磨《だるま》のような姿の丁坊は、左右から二人の隊員によってひっさげられ、隊長の前にひきすえられた。
「どうだ、丁坊――といったな。若鷹丸はとうとう沈んでしまった。お前はいい気持だろう」
「えっ、なんですって」
 丁坊は自分の耳をうたがって、大佐の言葉を聞きかえした。
「お前は、いい気持だろうというんだ」
「すこしもいい気持ではありません。僕、たいへん口惜《くや》しいです。隊長そんなことを、なぜ僕にいうのですか」
 すると大月大佐は、少年の顔をぐっと睨《にら》みつけて、
「お前にはよく分っているじゃないか。お前は空魔艦の廻《まわ》し者だ。そして若鷹丸を沈めにきたということはよく分っている」
「なんですって、隊長さん。ぼ、僕は日本人ですよ、空魔艦に攫《さら》われた者ですよ。空魔艦を恨《うら》んでも、どうして同国人である隊長さんなどに恨《うら》みをもちましょう」
「ごま化してはいけない。じゃあ聞くが、なぜ空魔艦はお前をこの若鷹丸の難破しているところへ落下傘で下ろしたのだ。その理由を説明したまえ」
 丁坊はそういう風なことを聞かれて、全く困ってしまった。大佐は自分のことを空魔艦の廻し者だと思って、気をゆるさないのだ。


   秘密の仕掛


「僕、なんにも知らないのです。なぜこんなところに下ろされたか知らないのです。もし知っていれば同じ日本人の隊長さん方に喋《しゃべ》りますとも」
「いや、儂《わし》には、お前が本当に日本人かどうかということが分らないのだ」
「ええっ、僕が日本人でないかも知れないというのですか。ああ、そんな馬鹿なことがあるものですか。僕は立派な日本人です」
 丁坊はわっと泣きだした。そうであろう。そのくやしさは尤《もっと》もだった。日本人が日本人でないと疑われるくらい情けないことがあろうか。
 大月大佐は、丁坊の眼からぼたぼた流れる涙をしばらく見つめていたが、やがて、
「――お前が日本人であることがはっきりわかるか、それとも空魔艦がなぜお前を下ろしたかその理由《わけ》が分るか、そのどっちかが分らない間は安心《あんしん》していられないのだ」
 と云って溜息《ためいき》をついた。
 丁坊が日本人であることは、丁坊自身ばかりではなく、読者もよく知っている筈だ。しかし読者がもし丁坊のような場合にであったとしたら、どうして見ずしらずの他人の前に出て、自分は日本人だという証明をなさるであろうか。なんでもないように見えて、それはなかなかむずかしいことだ。
 もう一つ、空魔艦がなぜ丁坊を下ろしたかという疑問は、これは空魔艦の幹部にきいてみないと分らない。
 しかしそれは、いま空魔艦のなかでどんな光景がひろげられているかを説明すれば、容易にわかることだった。
 ではその方へ、物語を移してみよう。
 ここは例の氷庫《こおりぐら》の前の、空魔艦の根拠地であった。
 丁坊をとらえた方の空魔艦「足の骨」の機長室では「笑い熊」と称《よ》ばれる機長が、マスクをしたまま一つの機械をいじっている。そのまわりには、六七人の幹部のほかに、中国人チンセイも加わって機械を注視している。
「こっちの機械はよく働いているんだから、もうそろそろ聞えてきてもいい筈だ」
 と「笑い熊」はいった。
 暫《しばら》くすると、その機械から、ぼそぼそと語りあう話声がきこえてきた。
「笑い熊」は緊張して、機械の目盛盤《めもりばん》をしきりに合わせた。
“隊長さん。なぜあなたがたは、こんな北極まで探険にこられたのですか。その目的はどんなことなのですか”
 そういう声は、紛《まぎ》れもなく丁坊の声であった。なぜ丁坊の声がきこえてくるのか。
“お前が日本人なら聞かしてもいいことなんだが――”
 という声は、たしかに隊長大月大佐の声であった。「笑い熊」はマスクの中《なか》でにやりと笑って、
「いよいよ喋《しゃべ》りだしたぞ。あっはっはっ、探険隊の奴らも小伜《こせがれ》も、まさかあの小伜の身体を包んだゴム袋の中に、無線電話機が隠してあるとは気がつかなかろう。見ていたまえ。いまに俺たちの知りたい探険隊の秘密の目的やなにかも、どんどん向うで喋ってくれるぞ。そうすればわが空魔艦の活動も、たいへん楽になる。うふふふ」
 驚くべきことを、「笑い熊」は云った。丁坊の身体を包《つつ》んだゴム袋の中に、無線電話機が入っているというのだ。もちろん丁坊も知らなければ、隊長大月大佐もこれを知らない。そしてこれが恐るべき空魔艦の一味に盗み聞かれるとは知らず、大佐はだんだんと
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