イラギ山のかげより巨大な皿の如きものが空中に舞上れるを望見したり……”
「うむ、それが第四斥候隊の乗った火星人の乗物だったのだ」
艇長は、唇《くちびる》を噛《か》んだ。もう一刻早ければ間に合ったかも知れないのに――。
先ほどの、第四斥候隊の報告と合わせて考えて見ると、この第五斥候隊に追われて逃げて来た火星人を、第四斥候隊の方は自分たちを襲撃して来たものと思って全部の出入口を閉じた途端《とたん》この皿のような乗物が、自然に飛び出してしまったのだ――ということがわかった。
さて、では火星人たちはどうしただろうか。報告が、つづいてはいって来た。
“……思うに、この奇怪なる皿の如きものは、火星人の飛空機らしく、わが隊に追跡を受けつつある火星人を見て、この火星人らを救う遑《いとま》もなく、あわてて彼らを置去りにしたまま逃走せるものの如し”
この報告が間違っていることは、読者諸君はすでに御承知であろう。しかし第五斥候隊は、まだその間の事情を知らないのだから、そう思ったのも無理はない。まさか、その火星の飛空機の中に、同僚の第四斥候隊と、風間、木曾の両少年が乗っていようとは、夢にも知らぬことなのだから――。
“……このヒイラギ山のがけより舞上れる飛空機を見て、彼ら火星人たちの驚愕狼狽ぶりは一方ならず、追跡せるわれわれも思わず苦笑せるほどなり”
そうかも知れない。火星人らもまた、第四斥候隊の行動は知らぬ筈なのだ。
火星人弱る
第五斥候隊の報告は、まだ続いていた。
“かくして火星人らが狼狽なすところを知らざる中《うち》に、飛空機は一刻も休みなく、上昇をつづけつつあり、遂《つい》に、大空高く消え去《う》せたり……”
「ああ……」
幕僚は、辻艇長の顔を一寸《ちょっと》ぬすみ見て、溜息《ためいき》をついた。辻艇長の横顔には、第四斥候隊を心配する色が、ありありと浮んでいた。
“仲間の飛空機に飛び去られ、月世界上に置去りを食った火星人らは、全く元気を失いて、遂に全員十匹はわが隊に降伏せり、なお愕《おど》ろくべきことには、彼等は明瞭《めいりょう》なる日本語を話すことを発見せり、わが隊はこれより彼らを連行し、直ちに帰艇せんとす、終り”
これで、第五斥候隊からの報告は終った。
「ふーん、飛空機に置いてきぼりを食った彼らは、遂にネ[#「ネ」に傍点]を上げたと見えるな、どんな彼らが来るか見ものだわい」
辻中佐は幕僚を見かえって、いった。
「はあ。――それでは第一、第二、第三の各斥候隊に帰艇を命じましょうか」
「うむ、そうしてくれ、それから飛空機上の第四斥候隊とはまだ連絡がとれるか」
「はッ。おい無電員、第四斥候隊の方はどうか。何か連絡があったか」
「一向にありません、あッ、監視灯がつきました」
「第四斥候隊か」
「そうであります」
無電員は、それだけいうと、又受信台にかじりついてしまった。
“第四斥候隊報告。わが隊はこの奇怪なる飛空機に乗りて、一路火星に向いつつあるものの如し。飛行中にこの飛空機を捜査せるところ、思いがけずも火星人一人が残留し居《お》るを発見せり。風間少年の報告によれば、火星人は日本語を話すとのことなれば、早速彼を訊問し、次のことがらが判明せり。一、この飛空機は火星と月との間を、すでに数回往復せるものなり。二、残留せる火星人は給仕にて、残念ながらこの飛空機を再び月世界に帰す方法を知らざるものの如し(なお機中を詳しくしらべたるも、飛行機関と思われるものは一切《いっさい》見あたらず、想像するにこの飛空機は火星と月との間の引力を利用せるものと思わる)。三、従ってわれわれは火星に行く以外、如何《いかん》とも方法なし。四、この火星人の話によれば、火星人たちはおそらく我々に危害を加えることはあるまいとのことなり。終り”
「まあ、それが本当なら結構じゃが……。しかし火星の飛空機が月から帰って来たのに、いざ着いて見ると、中から火星人ならぬ地球人がぞろぞろ現われた、とあっては火星人|共《ども》がびっくり仰天してどんなことをするか知らんからな」
「はい。――では第四斥候隊に連絡して、火星に着いたならば先《ま》ずその火星人の給仕だけを外に出し、一同によく説明せしめてからそのあとで降りるように伝えましょう」
「そうだ、そういってやってくれ」
艇長は、幕僚の説にうなずいた。
そうしているうちにも、呼び戻された斥候隊は、続々と帰って来た。帰って来ると、今度はすぐこの噴行艇アシビキ号の故障修理に全力をつくしていた。
と、最後に第五斥候隊と、その救援に向った二ヶ隊のものが、奇怪な甲虫《かぶとむし》のような人間位の大きさの火星人を十人つれて帰艇して来た。火星人たちは、そのいかめしい恰好に似合わず自分たちの飛空機が飛去ってしまったので、すっかりがっかりしている様子だった。
皿形の飛空機
第五斥候隊の隊長だった艇夫長の松下梅造が、その十人の火星人の中の首領と思われる一人を、辻中佐たちのいる司令室に連《つ》れて来た。
「やあ、ご苦労、ご苦労」
辻艇長は、斥候の労をねぎらった。
「二少年の居所《いどころ》はわかりましたか」
松下梅造が、聞いた。
「うむ、わかっとる。目下火星へ向って飛んでおる」
幕僚がそういうと、
「はッ?」
松下艇夫長は、何だかわけのわからんような、びっくりしたような大きな眼をした。そして、又何か聞きたそうな様子をしたが、
「あっ、ではあの二人の少年が、われわれの飛空機を奪ってしまったのですか」
火星人の首領がそういったので、黙ってしまった。
「いや、あの二少年が君たちの飛空機を奪ったのではないよ」
幕僚がいった。
「しかし、私たちがいないのに、飛空機がひとりでに飛出すわけがありませんぞ」
火星人も、なかなか負けてはいなかった。
「だから、奪ったのではないのだ。元々は君たちが悪い、あの二少年をあんな眼に合わせたので助けに行った者が発見し、あの乗物の出入口を全部閉めたらひとりでに飛出してしまったのだ」
「ああ、それでは引力遮断機が働いてしまったのだ……。何も私たちはあの二少年をひどい眼には合わせませんぞ、ただ詳しく地球のことが聞きたかっただけです」
「しかし君たちは非常に日本語がうまいじゃないか、どうして日本語を知っているんだね」
「なんでもありませんよ、私たちは地球から放送されているラジオを聞いて勉強したんです、毎日地球のラジオニュースを聞いていますから、地球上のことなら大てい知っています」
「ふーむ」
幕僚は、びっくりしたように、うなった。あの天外の火星で、毎日地球のラジオを聞いて研究している者があるとは知らなかった。
「ふーむ、で、その引力遮断機というのはどうなっているんだね」
「なんでもありませんよ、その名のように引力を打消してしまう装置です、つまり月の上に置いて月の引力を打消し、われわれの火星の引力を受けるようにすれば、自然に舞上って火星に引かれて行ってしまうわけです。同じように月に来る時も、われわれの火星の引力を打消して月の引力に引ッ張られて来るわけです」
「ふーん、なるほどね。しかし火星人たる君たちが、こんな荒れ果てた月世界に来てどうするんだね、同じ来るならすぐ近くの地球にやってくればいいのに」
「なるほどそれは一寸《ちょっと》おかしいかも知れませんな、しかしこういうわけです。われわれの火星は月や地球に比べると、もうずっと古いのです。それで、地中にあった或る物質をもうすっかり採りつくしてしまったんです。しかもその物質は、われわれにとって是非《ぜひ》とも必要なので、同じ太陽から分れ出た地球の、それから又分れ出た月の世界ならばまだきっとあるだろうというので、それを採るためにわざわざやって来ているわけですよ。――地球に行かないで、月に来たわけですか、それは研究の結果、地球には人間という思いのほか進歩した生物がいるし、――いや、これは失礼、本当の話だからおこらないで下さい――、われわれが行っても果して黙ってその物質を採らしてくれるかどうかわからなかったし、一方月の方ならば、これは御覧のように生物一ついないのですから邪魔《じゃま》もはいらぬだろう、と考えて、まあ月の方をえらんだわけです。しかもわれわれは今度がはじめてではなく、もう何度もその物質を採りに来ているんです」
「ふーん、そうか、それでわかった。いや君たちの気持はよくわかるよ、というのは我がアシビキ号も同じような目的で地球を飛出したんだからね」
「ほほお、そうですか」
「そうなんだ、しかも君たちが火星から月へ来るよりか、もっともっと大冒険の途中なんだ。ムーア彗星にある超放射元素のムビウムという貴重物質を採るためなんだからね、これが緑川博士の新動力発生装置に是非とも必要なのだ。そのために我々は大竹中将の指揮下に四万余名の大遠征隊を組織してムーア彗星めがけて飛出したんだ」
「へーえ、あのムーア彗星までムビウムを採りに……」
さすがの火星人も、この大計画にはびっくりしたらしかった。
「しかし残念ながら、我がアシビキ号は故障のため一行に遅れてしまったのだ」
「そうですか、それはお気の毒です。幸い私たちの中には機械修理にかけては火星でも有数の者をつれて来ておりますから早速お手伝いをさせましょう」
「そうか、そうしてくれると有難いね、うまく修理が出来たら、ついでに火星に寄って、君たちを送りとどけてあげることも出来る」
「そうですか、そうして頂ければ助かります」
火星人の首領は大喜びをすると、すぐ部下の火星人を呼んで、何か火星語で命令を伝えた。
火星の食べ物
「さあ、では君もつかれたろう。今、何かうまいものでも作らせるから――」
辻中佐がいうと、火星人は、
「いや駄目です」
「駄目とはなんだ、折角親切にいって下さるのに」
幕僚が、眼をむいた。
「いや、そういうわけではありません、われわれ火星人は物を食べる、ということを忘れてしまったのです」
「ナニ、何だって?」
「われわれ火星人も祖先の時代にはやはり物を食べたのです。しかし、物を食べるのは口で噛んだり、胃や腸を使ったりして、滋養分を血の中に吸収させ、その血が身体中を廻って持っている養分を身体に補給することでしょう。われわれにはもう胃や腸が退化して無くなってしまったといってもいいのです。われわれはもう充分によく消化されたような『食物』を口からではなく直接血管の中に注ぎ込んで生きているんです」
「ふーむ、すると病人が葡萄糖《ぶどうとう》の注射をするようなものだな」
辻艇長がうなずいた。この話を、風間や木曾に聞かせたら、成程《なるほど》、といって、あの妙な缶詰と、それからそれを彼らが口ではなく、頭のあたりにのせて空にしていたわけを思い出したに違いない。
「だが、君たちは高等生物に似合わぬ恰好をしているね」
「いや、これは鎧《よろい》を着ているんです。私たちの身体は、火星の弱い引力のために、地球の人に比べたら非常に柔らかく出来ているので、こういう鎧を着ているわけです。
この羽根《はね》は一人一人の飛行機のように、飛ぶためのものですよ、簡単な、しかし強力な動力装置がこの羽根の下についているんです」
「ふーむ、しかし我々がこうしているんだから、君も鎧をぬいだらどうだね」
幕僚がいうと、
「駄目です、駄目です、この司令室は地球と同じ気圧になっていますから、私がこの鎧をぬいだら一ぺんで参《まい》ってしまいます」
「あっ、そうか、では仕方ないな」
そういっている所に、艇夫長の松下梅造がかけ足で帰って来ると、パッと挙手の礼をして、
「火星人部隊の協力によって、ただいま本艇の修理が完了いたしました」
「そうか、ご苦労」
「では、直ちに出発じゃ、火星へ向って出発! それから司令艇クロガネ号へ連絡をとって、アシビキ号は修理完了、ただちに本隊に追行することを報告しろ」
噴行艇アシビキ号は、すぐ様、猛然と出発をした。非常に好調だった。離陸したばかりの月は、見る見るうちに小さくなって遠ざかっ
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