て行った。
 そこへ、無電員が、受信紙を持って来た。
“第四斥候隊報告。わが隊は只今火星の中部地方に安着せり。指揮を待つ……”
「よし! 本艇は目下火星へ向って急行中だと伝えろ」
 噴行艇アシビキ号は猛進に猛進をつづけていた。火星技術員の機械技術は思ったより優秀だと見えて、なかなか好調だった。
「なかなか好調のようであります。実は、火星人などに機械をいじらせてどうかと心配しておりましたが」
 幕僚が、辻艇長にそっといった。
「いや、彼らもこの噴行艇をしっかり直さなければ、自分たちも火星へ帰れんわけじゃからな。しっかり直す筈じゃよ、はっはっは……」
 辻中佐は、はじめて愉快そうに笑った。


   大団円《だいだんえん》


 さて、アシビキ号は間もなく火星に安着すると、そこであのふしぎな皿のような火星の乗物に連れて来られていた第四斥候隊の隊長鳥原彦吉以下全員と、風間三郎、木曾九万一の両少年を収容し、月世界に取りのこされた火星人を降《おろ》した。風間、木曾二少年の喜びも大きかったけれど、荒れ果てた月世界に、も少しで取りのこされるところを無事に帰れた火星人たちの喜びも非常なものだった。
 全火星人も、このアシビキ号の好意を謝して、大変な歓迎をする様子だったけれど、先をいそいでいるアシビキ号は、あの月世界探険隊長の火星人と再会を約し、すぐさま、本隊を追って出発することになった。
「出発!」
 辻艇長の命令一下、噴行艇アシビキ号は、休む暇もなかった火星に別れをつげた。そして大宇宙の中を真一文字《まいちもんじ》に、本隊を追って猛進また猛進を続けつつあった。
 かくして大宇宙の中を突きすすむこと実に五ヶ年!
 目的のムーア彗星に到着する間際《まぎわ》になって、アシビキ号は、漸《ようや》く本隊と合体することが出来た。この五ヶ年という長い間、ただ一機で大宇宙を突破して本隊に追いついた、ということは、司令艇クロガネ号にある大竹中将の指揮と、アシビキ号の辻中佐との一糸《いっし》乱れぬぴったりと呼吸《いき》の合った賜物《たまもの》だった。
 それにしても、未だ人類の想像も及ばなかった大ムーア彗星へは?
 ムーア彗星の周囲は、まだ混沌《こんとん》漠々たる濃密な大気に閉ざされていた。すでに、勿論《もちろん》ここから見る太陽は、夜空にきらめく一点の星のようなものであったが、しかしこのムーア彗星のそばには、アロタス大星雲がギラギラと輝いていたので、ムーア彗星の世界は、地球の二倍ぐらいの明るさだった。
 大宇宙遠征隊の隊員は、全員とも気密塗料を塗った宇宙服をつけた。その宇宙服の眼のところには、あたりの明るさに眼をやられぬように、濃い色のついた遮光硝子《しゃこうガラス》がつけられていた。
 が、それよりも何よりも、このムーア彗星に降りて第一歩を印した隊員が愕《おど》ろいたのは、この大彗星が地球の数十倍もある巨大なものだったし、質量も大きかったので大変な重力であり、そのままではあまりに身体が重く感じ、殆《ほと》んど立っては歩けぬ、ということだった。大の男たちが、赤ん坊のように、ようやく這《は》って歩くような始末だった。
 月世界で、あのちょっと跳ねると、ふわっと飛んでしまう身軽さを知っている風間と木曾はびっくりしてしまった。
「おどろいたね、三《さ》ぶちゃん」
「なんだか、身体中が鉛になったみたいだね、うっかりしていると地面に貼《は》りついてしまうぜ」
「うーん」
「そうだ、クマちゃん、辻艇長の特別スイッチを入れろ!」
「そうだ、アッ、らくになったぞ」
 この辻艇長の特別スイッチというのは、辻中佐が、あの火星人の皿のような乗物につけてあるという引力遮断機から思いついた引力滅殺装置で、それが宇宙服にもつけられてあるのだった。このお蔭《かげ》で一同は、予定通りの作業をすることが出来た。
 貴重物質ムビウム。
 この命がけの大冒険をして来た目的の、ムビウム。
 そのムビウムは、果して緑川博士の予想通り、この大ムーア彗星には無尽蔵といってもいいほどあるのだ!
     *
 総員四万名に余る未曾有《みぞう》の大宇宙遠征隊の目的は、ここに半《なか》ばを達したのだ。この至るところにあるムビウムを、どんどん採集して地球に持ち帰ればいいのだ。
 この分では、最初の予定よりか、はるかに早く帰ることが出来そうである。
 ――この詳しい珍しい話は、いずれ風間少年たちが帰って来てから、ゆっくりとしてくれることと思っている。
 ただ最後に、或る日の朝のラジオニュースのことを伝えて置こう。それは誰でも万歳を叫ぶニュースなのだ。
“大宇宙遠征隊司令艇クロガネ号発。本遠征隊は無事ムーア彗星に到着し、予期に数倍せる貴重物質ムビウムの採集に成功、目下極力帰航中なり。只今の位置より計算するに、本隊は今後二百三十六日十三時間二十分をもって東京に帰着する予定なり――”



底本:「海野十三全集 第9巻 怪鳥艇」三一書房
   1988(昭和63)年10月30日第1版第1刷発行
初出:「国民五年生」
   1941(昭和16)年4月号〜
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2004年3月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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