にしよう。


   十五年の行程《こうてい》


「おい、三郎。いつまで、ねているんだい。もういいかげんに、目をさましたらどうだい」
 その声は、ひびの入った竹ぼらをふくと出てくる音に似ていた。そこで三郎は、ようやく釣床《つりどこ》の中で、眼をさましたのだった。すこぶるやかまし屋の艇夫長《ていふちょう》松下梅造《まつしたうめぞう》の声だと分ったから目をさまさないわけにいかなかった。ぐずぐずしていれば、足をもって、逆さまに釣り下げられ、裸にされてしまうおそれがあった。そんな眼にあっては、また大ぜいのものわらいである。
「はい。今おきますよ」
「おきますよ? そのよ[#「よ」に傍点]がいけない。はい、おきます――だけでいいんだ。よけいなよ[#「よ」に傍点]をつけるない」
(これはいけない!)
 三郎は、あわてて釣床から下に落ちるようにして、おきたのだった。
 はたして、前には、艇夫長松下梅造が、西郷《さいごう》さんの銅像のような胸をはって、釣床ごしに彼の顔をにらみつけていた。
「艇夫長、お早う。もう朝になったのですかい」
「知れたことだ。あと三十分で、お前の交替時間だぞ。時計は、七時半を
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