「さっき鳥原さんから、重力のなくなったときの味噌汁の話をきいておかなかったら、ぼくはコーヒーのお化けを見たと思ったにちがいない」
 と、三郎は、ためいきをついた。彼のひたいには、ねっとりと、脂汗《あぶらあせ》がでていた。


   艇長の安否《あんぴ》


 重力装置故障中の五分間は、とても永かった。
 三郎は、空中をのたうちまわるコーヒーにさわるまいと、部屋中をにげまわっていた。あのコーヒーの棒にさわれば、たちまち大火傷《おおやけど》をしてしまう。
 コーヒーの棒は、まわりに白い湯気《ゆげ》をからませながら、いじわるく三郎をおいかけまわすのであった。
「ああ、早く重力装置が、なおらんかなあ!」
 三郎は、あやつり人形のように、ふわりふわりと、身体をかわした。しかし、思わず力がはいりすぎて、いやというほど顔を壁にぶっつけたときは、目から火が出たように思った。
 とつぜん、彼の耳に、あやしい響《ひびき》がはいった。
「あれは何?」と、考えてみるまでもなかった。それは、扉をへだてて、奥の寝台の上で寝ている辻艇長の例のいびきだった。
「ああ、艇長は、まだ、よくねむっていられる!」
 ふだん
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