。何やつだと思った時、
「動くな。動けば、命がないぞ!」
 聞きなれない太いこえが、ダン艇長の頭のうえからひびいた。
 艇長は、勇気をふるって、首をうしろにねじむけた。と、その時、
「ああ、――」
 艇長の目はレンズのように丸くなった。
 彼は一たいそこに何を見たか。
 一挺のピストルを握った膏薬《こうやく》ばりの手!
 その手は、まぎれもなくあの老夫人、乗客ケント老夫人の手だった。
 いや、姿は老夫人であったけれど、その鼻の下には、赤ぐろい髭がはえていた。大きな膏薬がはがれて、その下からあらわれたのである。
 変装だった。
「一たい、き、貴様は何者だ!」
 ダン艇長は、さすがに勇気があった。
「なんだ。おれの名前を聞きたいというのか。ふふん頭のわるいやつだ」
 と老夫人にばけていた男は、にくいほど落ちつきはらって、無電室にはいり後の扉《ドア》をしめた。そしてピストルを、ぐっとダン艇長の鼻さきにつきつけ、
「写真電送をうけるのが、も少し早かったら、君は、おれのりっぱな肖像を、手に入れたことだろう。いや、そうなっては、こっちが都合が悪かったんだ。いや、きわどいところだったよ。あっはっはっ
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