鼻さきに、中国少年の汚れた顔があった。
「ああお前か。あははは、すっかり気がおちついたようだね」
「小父さん。今しがたこの飛行艇は左の方へ向《むき》をかえたよ」
「はははは、そうか。ところで僕をつかまえて、小父さんはすこし可哀そうだが、お前はなんという名かね」
「おれの名かい」
「そうだ」
「石福海《せきふくかい》というのだ。こういう字を書くんだよ」
 少年は、掌のうえに、指さきで文字をかいてみせた。
「なるほど石福海か。福海にしては、ちとみすぼらしい福海だね」
 その時であった。少年は太刀川の脇腹をぐっと突いた。
「小父さん。悪い男が、部屋を出てゆくよ」
「えっ」
 彼は、顔をあげて、室の出入口を眺めた。出入口の扉を押して、ケント老夫人が出てゆくところだった。酔っぱらいのリキーを座席にのこしたまま!……


   電送写真


(変なことをいう少年だ)
 太刀川は、ふしぎに思った。
「お前は、何をいうんだ。今出ていったのは、お婆さんじゃないか。お前は目が見えないわけじゃなかろう」
「そうなんだよ、小父さん」
「何だって」
「おれは目がわるくて、目の前ほんの一、二|米《メートル》ぐらい
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