こいつはなかなか手ごわい雲行だぞ。すぐに針路を変えなきや、危険だ」
 艇長は、操縦室と書いたボタンを押して、電話機をとりあげた。
「おお、操縦長か。あの雲を見たろう。針路をすぐに北へ四十度曲げてくれ」
「北へ四十度。するとマニラへはだんだん遠くなりますが――」
 操縦長の声であった。
「仕方がない。このままマニラへ近づくことは、あの黒雲の中の地獄へ近づくことだ」
「はい。ではすぐ」
「そうだ、そうしてくれ。そして当分全速力でぶっ飛ばすんだ、嵐より一足先にこっちが逃げちまわないと、たいへんなことになる」
 どこまでも不運なサウス・クリパー機であった。兇悪な共産党員に乗りこまれている上、いままた悪天候に追いかけられることとなった。艇長は、乗員の安全をはかるため、いままで目的地のマニラへ向けていた針路を、ぐっと北へ変えた。
 すると、マニラに到着するのは、何時になることやら。
「小父さん。外はひどい嵐になったよ」
 太刀川時夫は、だしぬけに中国語でよびかけられて、はっと目を覚ました。彼は睡《ねむ》ってはならないと思いつつ、いつの間にか、うとうととしたのだった。
 声のする方にふりむくと、すぐ
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