そ!)
 と、太刀川時夫は席から立ちあがろうとしたが、いやまてと、はやる心をおさえつけて、そのまま席に体をうずめた。
「ひどい奴だ。さあ、こっちへ来い」
 隊長らしい艇員の一人が、声をあららげて、誰かを叱りとばした。
(さあ、始ったぞ。リキーの奴がひきたてられるのか!)
 太刀川は、印度人夫妻の肩ごしに、その方に目を光らせたが、リキーは今目をさましたらしく、両腕を高く上にのばして、大あくびをしているところだった。
(あれ、リキーじゃないとすると、一体誰が叱られているんだろう?)
 そのとき、隊長らしい艇員が後をふりむきざま、
「さあ、早くこっちへくるんだ」
 といって、顔をまっ赤にして、一人の少年の首すじをつかんで、ひきずりだした。見ると、それは色のあせた浅黄《あさぎ》いろのズボンに、上半身はすっ裸という恰好の、中国人少年だった。
「貴様みたいな小僧に、この太平洋をむざむざ密航されてたまるものか。この野郎めが」
 艇員は拳をあげて、少年の小さい頭をなぐった。
「ひーい」
 少年は、悲鳴をあげた。
「なんだ、密航者か」
「ふとい奴だ」
「いや面白い。これは、いいたいくつしのぎだ」
 乗客
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