ったように、手がたくやってもらいたいものじゃ」
 醤主席は、かくも見事な重工業地帯を完成しても、その昔、英米《えいべい》から売りつけられた碌《ろく》に役にもたたない兵器に懲《こ》りた経験を思い出し、また重慶《じゅうけい》で、しばしば嘗《な》めた不渡手形的援醤宣言《ふわたりてがたてきえんしょうせんげん》の苦《に》が苦《に》がしさを想い出し、すべて手硬《てがた》い一方で押そうとするのであった。
 しかし油学士は、反対であった。
「御心配は、御無用にねがいたい。天下に有名なるかの金博士の発明品に、作ってみて動かなかったり、組合わせてみて働かなかったり、そんなインチキなことがあろうはずはありません。現に、私が博士のところを辞しますときに、博士からこの人造人間戦車の模型を見せていただきましたが、実にうまく動きました。大したものでした」
「お前は、動かしてみたかね」
「はい。もちろん、上海《シャンハイ》では、やってみました。戦車を動かしますのは、渦巻気流式《うずまききりゅうしき》エンジンというもので、じつにすばらしいエンジンですな」
「渦巻気流式エンジンというと、どんなものじゃ」
「これは金博士の発明の中でも、第一級の発明だと思いますが、つまり、気流というものは、決して真直《まっすぐ》に進行しませんで、廻転するものですが、その廻転性を利用して、一種の摩擦《まさつ》電気を作るんですなあ。その電気でもって、こんどは宇宙線を歪《ゆが》まして……」
「ああ、もういい。渦巻気流を応用するものじゃと、かんたんにいえばよろしい」
 頭が痛くなることは、頭の大きい醤主席にとっては、苦《に》が手であった。
 渦巻気流式エンジンは、もうすっかり出来上って、倉庫に一万台分が収《おさ》めてあるときかされ、主席はやっと機嫌を直したのであった。
 彼等は、夢中で話をしていたので、ついに気がつかなかったけれど、このとき、この二人の後にある塀《へい》の上から、色の黒いオーストラリア原地人の首が五つ、こっちを覗《のぞ》いていたのに気がつかなかった。もちろん、その首の下には完全な胴や手足がついていたわけで、彼らは、きょときょとと山積《さんせき》された人造人間に、怪訝《けげん》な目を光らせていた。


     4


「おい、たいへん、たいへん」
 五人の原地人|斥候《せっこう》は、酒をのんでいる酋長《しゅうちょう》のところへ、とびこんできた。
「なんじゃ、騒々《そうぞう》しい」
「たいへんもたいへん。あの醤《しょう》なんとかいう東洋人の邸《やしき》の中には、死骸《しがい》が山のように積んであります。あの東洋人は、弱そうな顔をしていたが、あれはおそろしい喰人種《しょくじんしゅ》にちがいありません。たいへんなものが、移民してきたものです」
「えっ、それは本当か。死骸が山のように積んであるって、どの位の数《すう》か」
 酋長は、盃《さかずき》を手から取り落として、胸をおさえた。
「その数は、なかなか夥《おびただ》しい。ええと、どの位だったかな」
「そうさ、あれは、たいへんな数だ。九つと、九つともう一つ九つと、九つとまだまだ九つと九つと九つと……」
 斥候は、汗を額からたらたらと流しながら、妙な方法で数を数えた。
 それを聞いている酋長の方でも、だんだん汗をかいてきた。
「もう、そのへんでよろしい。お前のいうところによるとこれはたいへんな数である。わしが生れてこの方《かた》、この眼で見た鳥の数よりもまだ多いらしい。よろしい、これは、ぐずぐずしていられない。者共《ものども》、戦争の用意をせよ」
「えっ、戦争の用意を……」
「そうだ、かの醤軍と闘うんだ。わが村の忠良《ちゅうりょう》にして健康なるお前たちやわしが死骸にさせられない前に、あの醤軍の奴ばらを、あべこべに死骸にしてしまうのだ。どうも前から、いやな奴だと思っていたよ。彼奴《きゃつ》は、おれたちのところから、カンガルーを何頭、盗んでいったかわからない。その代金も、ここで一しょに払《はら》わせることにしよう。それ、太鼓《たいこ》を打て、狼烟《のろし》をあげろ」
「へーい」
 とんだことから始まって、たちまち戦雲はふかくサンデー砂漠の空にたれこめた。
 村の騒ぎは、醤軍の方へも知れないでいなかった。
 醤主席は、重工業地帯からちょっと放れたところにある望楼《ぼうろう》へのぼって、村の様子を見渡した。
 太鼓は、いやに無気味な音をたてて鳴り響いている。九本の狼烟は、まるで竜巻のコンクールのように、大空を下から突きあげている。その合図をうけとった原地人が、砂漠の東から西から南から北から、蟻《あり》のように集り寄ってくるのが見られる。なんという夥しい数であろうか。千や二千ではない。すくなくとも万をもって数える夥しい原地人の数であった。
 
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