醤は、これを見て、ちょっと顔色をかえたが、すぐ思い直したように、瘠《や》せた肩をそびやかせて、強《し》いて笑顔をつくった。
「ははは、たとい、あの何万の原地人が攻めて来ても、われには人造人間戦車隊があるんだ。鋼鉄製《こうてつせい》の人造人間に命令電波をさっと送れば、たちまち鋼鉄の戦車となって、貴様たちを、苺《いちご》クリームのように潰《つぶ》し去るであろう。わが機械化兵団の偉力《いりょく》を、今に思いしらせてやるぞ」
と、そこまでは、威勢《いせい》のいい声を出して、見得《みえ》を切ったが、その後で、急に情《なさ》けない声になって、
「……しかし、大丈夫かなあ。油学士の奴、おちついていやがって、部分品を作って数を揃えたはいいが、未だに試験をしていないのだ。電波のスイッチを入れたとたんに、うまくスクラムとやらを組んで戦車になってくれればいいが、万一人造人間の愚鈍《ぐどん》な進軍だけが続くようでは、原地人軍は、その間に人造人間の頭の上をとび越えて、わが陣営へ攻めこんでくるであろう。ふーむ、こんなにわしに心痛《しんつう》をさせるあの油学士の奴は、憎んでもあまりある奴じゃ」
すると、うしろで、えへんと咳払《せきばら》いがした。主席は、はっとして、うしろをふりかえってみると、何時《いつ》の間に現れたのか、そこには当の油学士が、いやに反《そ》り身になって突立っていたではないか。
「ああ醤主席、あなたが心痛されるのは、それは一つには私を御信用にならないため、二つには金博士を御信用にならないためでありますぞ。金博士の設計になるものが、未だ曾《かつ》て、動かなかったという不体裁《ふていさい》な話を聞いたことがない。主席、あなたのその態度が改められない以上、あなたは、金博士を侮辱《ぶじょく》し、そして科学を侮辱し、技術を侮辱し、そして……」
「やめろ。お前は、まるで副主席にでもなったような傲慢《ごうまん》な口のきき方をする。見苦しいぞ。わしはお前には黙っていたが、こんどの人造人間戦車が、満足すべき実績《じっせき》を示した暁には、お前を取立てて、副主席にしてやろうかと考えているんだ。しかし実績を見ないうちは、お前は一|要人《ようじん》にすぎん。――どうだ。本当に大丈夫か。仕度《したく》は間に合うか」
油学士は、かねて狙《ねら》っていた副主席の話を、思いがけなく醤の口からきかされたので、彼は処女《しょじょ》の如く、ぽっと頬を染め、
「大丈夫でございますとも、丁度《ちょうど》只今、一切の準備が整《ととの》いました。仍《よ》って、夕陽を浴びて、輝かしき人造人間戦車隊の進撃を御命令ねがおうと思って、実は只今ここへ参りましたようなわけで……」
と、油学士は、急に慎《つつ》しみの色を現して、醤主席を拝《はい》したのであった。
5
戦機《せんき》は熟《じゅく》した。
全身に、妙な白い入墨《いれずみ》をした原地人兵が、手に手に、盾《たて》をひきよせ、槍《やり》を高くあげ、十重二十重《とえはたえ》の包囲陣《ほういじん》をつくって、海岸に押しよせる狂瀾怒濤《きょうらんどとう》のように、醤の陣営|目懸《めが》けて攻めよせた。
これに対して、醤の陣営は、闃《げき》として、鎮《しず》まりかえっていた。
ただ、かの醤の陣営の目印のような高き望楼《ぼうろう》には、翩飜《へんぽん》と大旆《おおはた》が飜《ひるがえ》っていた。
その旆《はた》の下に、見晴らしのいい桟敷《さじき》があって、醤主席は、幕僚《ばくりょう》を後にしたがえ、口をへの字に結んでいた。
この望楼の前には、百万を数える人造人間が、林のように立って居り、その望楼の後には、これは赤い血の通った醤軍百万の兵士たちが、まるでワールド・シリーズの野球観覧をするときの見物人のような有様《ありさま》で、詰めかけていた。
雲霞《うんか》のような原地人軍は、ついに前方五千メートルの向うの丘のうえに姿を現した。
「おい、油学士。もう人造人間をくりだしてもいいじゃろう」
「はい。只今、命令を出します」
命令は出た。
人造人間部隊は、たちまち一せいに手足をうごかして、前進を開始した。冷い灰白色《かいはくしょく》の身体が、夕陽をうけて、きらきらと、眩《まぶ》しく輝く。
この人造人間は、精巧なる内燃機関で動くのであって、別に不思議はない。
人造人間部隊が粛々《しゅくしゅく》と行軍を開始して向ってきたので、原地人軍は、さすがにちょっと動揺《どうよう》を見せた。が、先登《せんとう》に立つ勇猛果敢《ゆうもうかかん》な酋長は、槍を一段と高くふりまわして、部下を励ました。
人造人間部隊は、粛々と隊伍を組んで進む。どこか算盤玉《そろばんだま》が並んだ如くであった。
「おい、油学士。もう始めてよかろう。わしは
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング