夫人である。夫人は僕からとびのいて背後《うしろ》に隠れようとした。――その窓から現われ出た奇怪な顔。眼も唇も、額も頬もすべて真黒な顔。黒人か、さにあらず、構成派の彫像《ちょうぞう》のような顔の持主は、人間ではなくて、霊魂《れいこん》のない怪物のような感じがした。そのとき夫人の右手が、のびると見る間に、硝子《ガラス》窓越しに、短銃《ピストル》が怪物に向ってうち放された。怪物は真正面から射撃されて、その顔面《がんめん》を粉砕《ふんさい》されたと思いきや、平気な顔をつき出して、
「三十番街を左に曲れ」
 と流暢《りゅうちょう》な中国語を発し、驚く僕たちを尻眼にかけて、背後《うしろ》の方へ下って行った。
 夫人は、短銃を壊《こわ》れた窓に、なおも覘《ねら》いをつけつづけていた。
「なんでしょう、あの怪物は?」夫人が蒼白《まっさお》な顔をあげて、キッと僕の方を睨《にら》んだ。
「多分、人造人間《ロボット》かも知れませんね」
「人造人間《ロボット》! 人造人間って、ほんとにあるのですか」
「ありますとも。このごろ噂が出ないのは各国で秘密に建造を研究しているからです」
「いまのは、どこの人造人間でし
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