ことであり、危険さから云っても自ら爆弾をいだいてこれに火を点《つ》けるようなものである。暗殺行為の片鱗《へんりん》が知られても、僕はこの上海から一歩も外に出ないうちに、銃丸《じゅうがん》を喰《く》らって鬼籍《きせき》に入らねばならない。
「おい井東《いとう》」と同志林田が、天井裏から青い顔をして降りてきた僕に、心配そうに呼びかけた。「こんどの指令は、大分《だいぶ》大物らしいね。僕は君のためにあらゆる援助をするようにと本部から指令されてきた。なんでもするよ」
 僕は忠実なる同志の方に振り向こうともせず、無言の儘《まま》、寝椅子の上に腰を下した。五分か、十分か、それとも一時間か、時間は意識の歯車の上を外《はず》れて、空廻《からまわ》りをした。僕の脳髄は発振機のように、細かい数学的計算による陰謀の波動をシュッシュッと打ちだした。
 計画は出来上った。林田を自分の寝椅子の方に手招《てまね》きすると、その耳に口をあてて、重要な援助事項を、簡潔に依頼した。林田の赤かった顔色が、見る見るうちに蒼醒《あおざ》めて、話が終ると、額《ひたい》のあたりに滲《にじ》み出《で》た油汗が、大きな滴《しずく》となっ
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