首から三センチメートルばかり上を握りしめた。氷のようにつめたい痩せた手首だった。しかし象牙のようになめらかな手ざわりだった。その手ざわりをなつかしんでいると見せて、その部分に施《ほどこ》されている隠し文身《いれずみ》を、指先の触覚だけで読みとることを忘れなかった。いや、そればかりではない。あと十二分すれば、極めて正確に夫人の身体に、ちょいとした変化が起るような薬品をその皮膚にすりこむことにも美事《みごと》成功したのであった。
僕が下りると、顔中に繃帯《ほうたい》をした男が、自動車の中に担《かつ》ぎこまれた。四十をいくつか過ぎたと思われる長身の西洋人だった。
「今は何時になるか?」
その声音《こわね》は、重症の病人とは思われないほど元気に響いた。
「五時三十五分です、閣下《かっか》」
さっきの中国人が粛然《しゅくぜん》として答えた。
「時間を間違えるな。すべていつもの通りにやってくれるんだぞ」
「畏《かしこま》りました」
閣下と呼ばれたその重症者の声音《こわね》は、たしかに聞き覚えのあるものであった。が、それが誰だか、直ぐには考え出せそうもない。自動車は夫人と、その閣下と呼ばれる
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