の家に連れて行くことばかりを考えているのに違いない。僕は、象牙《ぞうげ》のように真白な夫人の頸筋《くびすじ》に、可憐《かれん》な生毛《うぶげ》の震《ふる》えているのを、何とはなしに見守りながら、この厄介者《やっかいもの》から、どうして巧くのがれたものかと思案《しあん》した。
「止れ《ストップ》! 止れ《ストップ》!」
自動車の前に立ちふさがった数名の兇漢《きょうかん》がある。
「また、出たかな」僕はつぶやいた。夫人はすばやく身を起した。夫人は短銃《ピストル》を握り直したが、僕はなにも持っていなかった。武器を持つのは、いよいよ最後のときに限る。軽率《けいそつ》に武器をとり出すことは、できるだけ避けたい。ことに先程から、劉夫人の敏捷《びんしょう》なる行動に、ひそかに不審をいだいていた僕は、ことさら自分の武器を秘密の隠し場所からとり出すところを夫人に見られたくなかった。自動車の速力がすこし落ちると、兇漢の一人がとびのって、運転台の窓をひらいて、こっちへ顔を向けた。それは、案に相違して、林田でも、又他の同志でもなく、全く知らない中国人の顔だった。
「夫人にお願いがあります。重傷者ができました
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