分間だ。この間に、うまく頑張《がんば》って呉れるなら、あとは僕たちの勝利だ。下手に行けば、明朝《みょうちょう》といわず、今夜のうちに僕たちの呼吸《いき》の根は止ってしまうことだろう。おい林田、もっと近くによれ!」
僕は劉夫人や×国大使に関する指令を発して、林田の援助を乞《こ》うた。
「よおし、そうこなくちゃならないんだった。恐ろしいことだが、僕たちが肉弾を以ってぶつかる目標が定《きま》っただけ、心残りがしなくていい。では同志、お互の好運を祈ろうよ」
僕たちは握手をしてわかれた。氷のように冷い同志林田の手だった。
海龍《かいりゅう》倶楽部《クラブ》へ入りこむには、会員各自に特有な抜け道がこしらえてあった。会員は真黒な衣裳で、頭巾《ずきん》も真黒、手にも真黒な手袋をつけねばならなかった。会場へ入るには手頸《てくび》のところに入墨《いれずみ》してある会員番号を、黙って入口の小窓の内に示せばよかった。だから僕にも「紅《べに》四」と朱色《しゅいろ》の記号が彫《ほ》ってあり、それは死ぬまで決して消えはしないのである。
僕は時間をはかり、すこし早や目の時刻に倶楽部へ着いた。会議室のホールには、ただ一人の先客があるばかりであった。その先客は、だらしなく卓子《テーブル》に凭《もた》れたまま眠りこけていた。僕は、そのうしろに廻って、静かに抱き起こすと、別室に退《しりぞ》いた。
会議がはじまるときには、十三人の会員が全部揃って、粛々《しゅくしゅく》と円卓子《まるテーブル》の囲《まわ》りをとりかこんだ。首領が立って説明した会議事項は、亜細亜《アジア》製鉄所に、空前の盟休《めいきゅう》が起ろうとしていること、なおその盟休は政治的意味が多分に加わっていて、所長の保管する某大国との秘密契約書などを、今夜の深更《しんこう》十二時を期して他へ移す必要のあること、それについて全会員が任務について貰うこと、などであった。団員は、それに対して、唯《ただ》、諾《イエス》か否《ノー》かを表示すればよい。首領以外の者は、絶対に口を利くことを許されない規定であったが、これは恐らく各団員の正体が決して知られないこと、従って団員は外に在《あ》って生活していても、けっして他から海龍倶楽部のメンバーであることを知られずにすむようにと、実に徹底した規定があるのであった。団員は会議事項の全部を承認した。首領は大変
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