男と、家令のような中国人とをのせて、静かに動き出した。僕は三十一番街の方に駈け出した。同志に会って俄《にわ》かに計画の大変更を決行しようというのである。それで元来た道の方へと引きかえした。一丁ほど走ると、カーンと靴先に音があって何か金属製の扁《ひら》ったいものを蹴とばした。探してみると、それは銀製のシガレット・ケースにすぎなかった。そのようなものを検《しら》べて居る余裕《よゆう》はないから、捨ててしまおうとは思ったが、事件のあった附近で発見したものだから、何か手懸りになるようなものが見当るかもしれないと思ったので、ポケットからシガレット・ライターを出して、その光の下に改めてみた。
「L・M!」
果然《かぜん》、頭文字《かしらもじ》らしいL・Mの二字が、ケースの一隅《いちぐう》に刻《きざ》まれているのを発見した。L・Mとは誰であろう。尚《なお》もケースをひっくりかえしてみるうちに、遂に某大国の製品を示す浮《う》き彫《ぼり》が眼についた。
「×国大使ルディ・シューラー氏」
シューラー大使ならば二三度会ったことがある。あの温厚な元気な大使に会って好きにならぬものはあるまい。殊《こと》に、あの朗々《ろうろう》たる美音《びおん》で、柄《がら》にもなくシューベルトの子守歌を一とくさり歌ってきかせたときなどは、満場《まんじょう》大喝采《だいかっさい》であった。だが、その温厚な大使も、僕にとっては、敵国人に違いはなかった。その大使と、劉夫人とは、今日の有様では大変親密な間柄らしいが、一体どうしたというのであろう。大使はあのまま劉夫人の邸宅《ていたく》へ向ったのであろうか。それとも、大使館へ逃げかえったのであろうか。僕は、まっしぐらに三十一番街へ駈け出した。
「おお、井東君。いよいよ×国と中国とが露骨な同盟を結ぶことになるらしいぞ。その盟約の調印を長びかせろとの指令が来た。いま鳥渡《ちょっと》×国大使の車を三十一番街に追いこんだのさ。同志の仕掛けた爆弾を喰ってあのさわぎだ」
「人造人間《ロボット》は、よく働くかい」
「思ったより工合がいいなア、あの爆発さわぎの中で誰も怪我《けが》をせんかったからなア。充分人造人間を活躍させてみせて奴等の恐怖心を養って置いた。劉夫人も驚いてたろう」
「劉夫人と言えば、オイ林田、計画は全部、建て直しだよ。チャンスは、今だ。正確に言うと、このところ十五
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