研究所の門前に近づいた。石段の上に、玄関の扉が開け放しになっていて、その奥には電灯が一つ、荒涼《こうりょう》たる光を投げていた。しかし人影はない。
 彼は構わず石段をのぼっていった。石段を上りきったと思ったら、
「こらッ」と大喝一声《だいかついっせい》、塀のかげから佩剣《はいけん》を鳴らして飛びだしてきた一人の警官! 帆村の頸《くび》っ玉をギュッとおさえつけた、帽子が前にすっ飛んだ。
「まあ待って下さい。帆村ですよ」
「なんだ、帆村だとオ。――」警官は愕いて彼の顔を覗《のぞ》きこんで「――やあ、これはどうも失敬。帆村さん、莫迦《ばか》に嗅ぎつけようが早いじゃありませんか」
「なアに、この辺は僕の縄ばりなんでネ」
 といって彼は笑った。帆村理学士といえば道楽半分に私立探偵をやっていることで警官仲間によく知れわたっていた。彼の学識を基礎とする一風変った探偵法は検察当局にも重宝《ちょうほう》がられて、しばしば難事件の応援に頼まれることがあった。かれは有名な悪口家《わるくちや》で、事件に緊張している下《した》ッ端《ぱ》の警官たちの頤《あご》を解く妙法を心得ていた。
「ねえ君。これは逃げた梟《ふくろう》でも捕《とら》える演習しているのかネ」
「冗談じゃありませんよ。ここの主人が殺《や》られたんですよ」
「ほう、竹田博士殺害事件か。それにしてはいやに静かだねえ。国際連盟は押入から蒲団《ふとん》でもだして、お揃《そろ》いで一と寝入りやっているのかネ」
「じょ、冗談を……」
 といっているところへ、表に自動車のエンジンが高らかに響いて、帆村のいう所謂《いわゆる》国際連盟委員がドヤドヤと入ってきた。雁金《かりがね》検事、丘予審判事、大江山捜査課長、帯広《おびひろ》警部をはじめ多数の係官一行の顔がすっかり揃っていた。「お、帆村君、もう来ていたか。電話をかけたが、行方不明だということだったぞ」
 と、雁金検事が、彼の肩を叩いた。
「いや貴官がたが御存知ないうちに、うちの助手に殺人現場を教えとくのは失礼だと思いましてネ」
 と帆村は挨拶を返した。
「さあ、始めましょう」
 大江山課長は先登《せんとう》に立つと、家の中に入っていった。帆村も一番|殿《しんが》りからついていった。
 階段を二つのぼると、三階が博士の実験室になっていた。そこはだだっ広い三十坪ばかりの部屋だった。沢山の器械棚が壁ぎ
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