。なんとこれは……」
といっているとき、――そのときだった。突然大きな声が、部屋中に鳴りひびいた。
「ええ、後場《ごば》の市況《しきょう》でございます。新鐘《しんかね》……」と、細い数字が高らかに読みあげられていった。それはラジオの経済市況に外《ほか》ならなかった。
「――君、ラジオの経済市況なんかで、寂しいのを紛《まぎ》らしているのかネ」
警官はムッとした顔つきで、
「じょ、冗談じゃありませんよ、帆村さん。経済市況で亡霊《ぼうれい》を払いのけることができるものですか。このラジオは勝手に鳴っているんです。とても騒々《そうぞう》しいので、私はむしろ停めたいのですけれど、課長からすべて現状維持とし、何ものにも手をつけるなというので、その儘《まま》にしてあるんですよ」
「えッ、現状維持を――するとラジオは昨夜《ゆうべ》から懸《か》けっ放《ぱな》しになっていたのか。しかし変だなア、昨夜ここへ来たときは、ラジオは鳴っていなかったが……」
「それはそうですよ。貴方がたのお見えになったのは、もう十時ちかくでしたものネ。ミナサン、ゴキゲンヨクオヤスミナサイマセを云ったあとですよ。私は今朝|睡《ねむ》いところを、午前六時のラジオ体操に起され、それからこっちずうっとラジオのドラ声に悩まされているのですよ。御親切があるのなら、課長に電話をかけて下すって、ラジオのスイッチをひねることを許してもらって下さいよ」
「そうか。そいつは素敵な考えだッ」
「ええ、スイッチをひねることが、どうしてそんなに素敵だというんですか」
と警官は愕きの目を瞠《みは》った。
帆村はそれには答えず、帽子をつかむと、その部屋を飛びだした。警官は後を見送り、
「ああ帆村さんもいい人なんだが、どうもちとここのところへ来ているようだよ。可哀想に」
と、耳の上を人指し指で抑《おさ》えた。
それから十五分ほど経った。
博士邸の門前は、にわかに騒がしくなった。警官が硝子《ガラス》窓から下を覗《のぞ》いてみると、雁金検事や大江山捜査課長などのお歴々がゾロゾロ自動車から降りてくるところが見えた。
「おやおや、また連盟会議か」
一行は階段をドヤドヤと上って来た。
「どうした、帆村君は。まだ放送局から帰って来ないかネ」
「ええ、放送局ですって。……別に放送局へ行くともなんとも聞きませんでしたが」
「おおそうか。まあいい。
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