人の剛情《ごうじょう》なのには参ったといって滾《こぼ》しているよ」
「どうも僕には、夫人が博士を殺したような気がしないのですよ。夫人はあの外人と、密《ひそ》かな邪恋《じゃれん》に酔っていたでしょうが、いまのところ博士は無能力者であり、自分は誰にも邪魔されず研究していられりゃいいのであって、その点、妻君の自由行動をすこしも遮《さまた》げていないのです。そのウララ夫人が急に博士を殺すとは考えられませんね」
「オヤオヤ、君も反対論を唱えるんだネ」
「ほう、すると外にも反対論者が居るのですか」
「そうなんだよ。私もそのお仲間だ。私はむしろジョンの行動に疑念をもつ。なにかこう近代科学をうまく利用して、サンタマリア病院に居ながら、五、六丁はなれたところに住んでいる竹田博士を殺害する手はないものかネ。私はこの点、君の応援を切に望むものなんだよ」
帆村は雁金検事の突飛《とっぴ》な思いつきを訊いてギクリとした。さすがは歴代検事のうちで、バケモノという異称を奉《たてまつ》られ、人間ばなれのした智能を持った主《あるじ》と畏敬《いけい》せられている彼だけあって、その透徹した考え方には愕くのほかない。たとえそれが科学的に実行できないことにしろ、彼の鋭い判断にはブツリと心臓を刺されるの想いがあった。
帆村探偵は、かえす言葉もなく、電話を切った。
考えてみると、まことに残念でもあり、奇怪な事件である。彼は時計を見た。丁度午後二時である。彼は昨夜の現場へ再び行ってみることにした。
河岸《かし》ぶちの博士邸をめぐって、どこから集ったのか弥次馬が蝟集《いしゅう》していた。彼等の重《かさな》りあった背中を分けてゆくのにひと苦労をしなければならなかった。
邸内の警戒は、昨夜よりも厳重を極《きわ》めていた。彼は見知りごしの警官に挨拶をして、三階の広間へトントンと上っていった。
「ほう、君はまだ非番にならないかネ」
と、帆村は昨夜から顔を見せている警官に云った。
「駄目なんですよ。私が最初にここへ来たものですから、現場を動けないことになっています。もっともときどき交代で、下へ行って寝て来ますがネ。お得意の手で早く犯人を決めて下さいよ、ねえ帆村さん」
「ウフ、そのお得意のお呪《まじな》いをするために、こうしてやって来たわけなんだよ。だが、どうも人殺しのあった部屋というのは、急に陰気に見えていけないネ
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