そうかそうか」
 一行は、なんだか嬉しそうな顔をして、時刻のたつのを待っているという様子だった。
 帆村が再び姿を現わしたのは、それからなお三十分ほどして後のことだった。彼は右手に藁半紙を綴《と》じたパンフレットのようなものを大事そうに持っていた。
「やあ皆さん、お待たせしました。やっと一部だけ見つけてきましたよ。文芸部長の書類籠の中にあったやつを貰《もら》ってきたんです」
 といって、そのパンフレットを目の上にさしあげた。
 一同は呆気《あっけ》にとられている形だった。
「――さあいいですか。表状を読みますよ。十一月十一日AK第一放送、午後八時より同三十分まで、ラジオドラマ『空襲葬送曲』原作並《ならび》に演出、馬詰丈太郎――とネ。これは全国中継です」
 といって彼は、パンフレットの頁《ページ》を一枚めくった。
「いよいよこれから実験にかかりますが、皆さんこっちに寄っていて下さい。それから博士の死体のあった寝台の上には、誰方《どなた》かオーバーと帽子を置いて下さい」
 雁金検事のオーバーと、大江山課長の制帽とが、白布《しろぬの》を蔽《おお》った空寝台の上に並べて置かれた。それは竹田博士の死体と同じ位置に置かれたことはいうまでもない。一行はこれから何事が起るかと、唾《つば》をのんで、帆村の一挙一動に目をとめた。
「さて――これから、ラジオドラマの台本《だいほん》を読んでゆきます。なにごとが起っても、どうかお愕《おどろ》きにならぬように」
 そういって彼は、部屋の真中に突立って、大声で読みあげていった。見ていると彼はそれを函《はこ》の中の人造人間に読み聞かせている様であった。然し鋼鉄人間はピクンとも動かない。
 帆村はジェスチュア交《まじ》りで、一語一句をハッキリ読みあげていった。彼は昔、脚本朗読会に加わっていたことがあったとかで、なかなかうまいものだった。
 一座はシーンとして、東京が敵国の爆撃機隊に襲撃されるくだりを聞き惚《ほ》れていた。すると第一場第二場は終って、次に第三場を迎えた。それは太平洋上に於ける両国艦隊の決戦の場面であった。
「太平洋上、決戦ハ迫ル――」と帆村は高らかに叫んだ。
「西風《せいふう》ガ一トキワ強クナッテキタ――」
 と地《じ》の文章を読む。これは昨夜《ゆうべ》、千葉早智子がたいへん気取って読んだところだ。
「……海面ハ次第ニ浪立ッテキタ」

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