らせ、傍に馬のような荒い鼻息をたてている帯広警部の太い腹をついて云った。
「――サンタマリア病院のジョン・マクレオだ。現場不在証明《アリバイ》を調べること」
 警部は返事の代りに、お尻のポケットから手帖を出して書きこんだ。
 馬詰丈太郎は煙草《たばこ》を一本口にくわえて、いささか得意げであった。
「オイ馬詰」と突然叫んだのは大江山捜査課長であった。
「他人の話なんか、お前に聞かされないでもいいんだ。それよりお前の現場不在証明《アリバイ》を聞こうじゃないか。博士の殺害された今夜の八時前後、お前は一体何処にいたんだ。それを云え」
「私が何処にいたというのですか、折角《せっかく》ですが、それは別に御参考にはなりませんよ」
 と丈太郎は自信たっぷりだった。
「くわしくいうと、私は今夜七時三十分から八時五十分までJOAKにいましたよ」
「なんだ放送局にか。そこで何をしていたんだ」
「なにって……」と彼は答えるのをやめて、煙草を口に持っていって美味《おいし》そうに喫《す》った。
「AKの文芸部に訊《き》いてごらんになれば分りますよ。つまり早くいうと、私の書いたラジオドラマが今夜八時から三十分間、放送されたのです。出演者はPCLの連中でしたがネ。そんなわけで私はずっとAKのスタディオにつめていたんです。なんなら貰って来た原作ならびに演出料の袋をお目にかけてもいいのですが」
「あああの『空襲葬送曲』というやつですネ」
 と帆村が横合《よこあい》から口を出した。
「そうです。お聞き下さったですか」
「ええ聞きましたよ。なかなか面白かったですよ。あの地の文章を読んでいたのは、千葉早智子《ちばさちこ》ですか」
「ええええそうです。どうかしましたか」
「いや、今夜はお早智女史、いやに雄壮な声を出していましたネ」
「それはそうでしょう。戦争ものですからネ。緊張するのも無理はありません」
 二人は事件をそっちのけにして、ラジオドラマの話に熱中していた。
 こっちでは大江山課長が雁金検事の前に近づいていった。
「ウララ夫人を早く捜しださにゃいけませんネ。一度外から帰って来て、死んでいる博士をそのままにして外へ出たという行動は腑《ふ》に落ちませんネ。警察とか医師とかにすぐ電話すべきが本当ですからネ」
「君、あの留守番のばあやは大丈夫かネ」
「あああれは大丈夫ですよ。老人なんで、なにが出来るものです
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